岩崎雅秋(公明)岸和田市議による「私がやった詐欺」 作才町用水路編

議員は、よく「私がやりました」と言いたがるものだ。

私を含め、どんな議員でも「何でもかんでも『私がやった』と言いたくないか?」と問われれば、「そりゃ言いたいさ」と答えるだろう。

しかし、役場や事情を知る者が真実を明らかにすれば恥をかくどころか、「嘘つき」と批判されかねないので、自分しかやってないと誰もが認めるような案件でなければ、「私がやった」とは言わない。

 

私も
「達成しました!」
http://mitumerukisiwada.seesaa.net/category/25660883-1.html
と書く限りは、誰に何を言われても反論できるような案件に厳選している。

ところが、そんな事はお構いなく、自分が「やった、やった」とうそぶき触れ回る、オオカミ少年軍団がいる。

公明党だ。

これはどこでもそうかもしれんが、岸和田では非常に少数のチラシで、道の凹みなどを役場に伝えて改修させたと、町会長の仕事を議員の仕事と履き違えて、「やった、やった」と触れ回っている。

チラシが少数なのは、私のような検証をする者に役場に調査されれば、それが嘘だとたちどころに判明するからだ。

 

今回もそのような一件を思いがけず発見したので、お知らせする。

作才町 辰巳織布南側 オーバーフローする用水路

この場所は、13号線の作才町交差点から山側に上がった住宅街。

消防本部がもともと池であったように、上流の住宅地開発によって、田や池のように貯水機能が低下し、用水路へ流れ込む水量が増加。
鉄砲水のように用水路を走った水が、直角の曲がり角である場所で擁壁を飛び越えてオーバーフローするとの話を聞き、向かったのだった。

 

水と緑課:
カーブの地点の古い擁壁は、5年前に水利組合の要望で設置した。
新しい擁壁は、6月末にこれも水利組合の要望で設置した。
ところが、新擁壁についても、近所で訊き回ったところ、擁壁を超えて水が溢れ出すし、コンクリート状の蓋とはなっていないので、鉄板を敷いている隣の30cmの部分からも溢れ出すとのこと。

 

 

これを近隣に調査しているかと問うても水と緑課は「していない」と答えるので、床上とまでは行かなくとも浸水被害があると話す近隣に教えてもらうよう要望しておいた。

更に擁壁だけではなく、山側への用水路自体が、幅50cm以上の開口部となっていて、子どもや高齢者にとっては危険であるとの認識から「転落防止柵を設置しておかなければ、事故があった際に市は『知りません』とは言えないよ」と伝えておいた。

用水路の長さは、100mよりもずっと長く経費がかかるので、櫛状の柵ではなく、逆U字型で、抜くことができるもののような安価な工作物ではどうかとの提案もしておいた。

これは高架事業整備課が担当のようだったので、そちらにも伝えて、どうするのか連絡を待っている状態だ。

 

高架事業整備課:

全面に設置するなら、櫛状の柵の方が、逆U字よりも安い。

高さ1m強の柵を地面に固定式で、今年度中に設置します。

これは、地元町会の要望で、議員の口利きはありません。

 
近隣で広く聞き込みをしていると、岩崎雅秋(公明)市議が「やった、やった」と触れ回っていると耳にしたので、それについても水と緑課に尋ねてみると、「議員からの提案は聞いていません」と断言した。

 

f:id:kurohata73:20180712092829j:plain

 

生年月日 昭和36年10月27日
住所 土生町2丁目22-31
電話 437-1179

どうして、すぐにバレる嘘をつくのか、理解に苦しむが、誰もその「やったやった」詐欺について検証する者がいなかったので、嘘がまかり通っているのだろう。
これからは、私が本当にどういった事情で行われたのかを検証して、こちらで報告してみよう。
ブログを引用して批判していたら、京西且哲・現議長がブログの更新をほぼしなくなったように、公明も「やった、やった」デマを撒き散らすことをやめるのだろうか?

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公明がいかに汚い組織かを新たに忘備録として示す。 共産つぶしの組織的指令

貧困、病、苦の種を見つけて近寄り、投票と新聞購読者になってもらうのは、公明だけが得意としている手段ではない。

共産も同じ“客層”をターゲットにしているのはご承知のとおり。

 

この商売敵は“創共協定”を公明が持ちかけた(後に裏切る)時には、休戦状態であったが、99年の自公政権以後、公明にとっては「でぇ~じん」とはしゃぎつつも更に邪魔な存在となっている。

となれば、こんな投稿もするわいね。

公明党広報が「ハイエナ政党」と強く批判 共産党が激怒  キャリコネニュース
2017年6月21日 18時59分

公明党広報の公式アカウントが21日、共産党を強く批判した
「汚い!実績横取りのハイエナ政党」などと罵倒する内容
共産党の広報は「悪口を言うぐらいなら自分たちの政策を反省して」と憤った

http://news.livedoor.com/article/detail/13234099/

まさにブーメランで返る投稿でしかない。

こういうのを真に受けるのが、議員だから、質が悪い。

で、こんな投稿しちゃうのね。

https://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:7395R8-iIg4J:https://twitter.com/Kao091605/status/1016583721988902912+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&client=firefox-b-ab

魚拓
http://archive.is/otPXf

この人は、荒木かおる・埼玉県毛呂山町議会議員。

前久保南1丁目24-26
049-294-2623

同じ論調の松井一郎(維新)知事は、謝罪しとるけどね。

https://twitter.com/gogoichiro/status/1016654667776868352

魚拓

http://archive.is/iY8xc

松井氏、共産元議員に謝罪 「募金から経費引く」と投稿(朝日新聞デジタル) – Yahoo!ニュース
7/11(水) 22:29配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180711-00000133-asahi-pol

より

西日本を襲った豪雨災害の支援をめぐり、日本維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)が、ツイッターに「共産党の募金活動は、先(ま)ず自分達の経費を差し引くので注意しましょう」と投稿した。その後、ツイッター上で指摘を受け、誤解だったとして謝罪した。

ツイートは今月10日に投稿された。投稿を見た元衆院議員の清水忠史氏(共産党)が「共産党は集めた募金全額を被災地に届けることを表明しています。訂正と謝罪を求めます」と指摘。松井氏は「ルール変更を存じ上げずに、申し訳ありません」と返信した。

その後、清水氏から「共産党として募金から経費を差し引くことをルール化したことはありません」と再び指摘され、松井氏は「てっきり党のルールと誤解していました」などと書き込んだ。共産党大阪府委員会は11日、松井知事に対して抗議文を出した。

(引用ここまで)

 

 

 

維新のエセ行為については、これまでも書いてきた。

一旦着服したのに返還したら「死に金」との維新議員の発言
これが議員年金復活をもくろむ自民に反対と見せかけつつも、実質的には賛成する、維新の銭に汚い手口。

まぁ、スタートが犯罪者集団だから、デマを吐くことなど問題にならんのかもしれんが・・・・

公明については、

それもこれも安倍奴隷として、ご主人様を守る信心から来とるのよね。

安倍首相の豪雨対策そっちのけ自民飲み会参加に非難轟々! 一緒に大はしゃぎの安倍側近は言い訳のためデマ拡散 litera_web
2018.07.09
http://lite-ra.com/2018/07/post-4115.html

より抜粋

もっとも批判の矛先が向いているのは、やはり、5日の夜に安倍首相が「赤坂自民亭」なる自民党の飲み会に参加した一件だ。

5日といえば、地震発生から間もない大阪北部や京都市などの地域では早朝から避難勧告が断続的に出され、夕方には京都府だけでも避難指示は14万人に及んだ。気象庁も14時に「記録的な大雨となるおそれ」と大雨では異例の緊急会見を開き、17時台には「厳重な警戒」を呼びかけていた。

だが、安倍首相は西日本を襲う危険は自分とは無関係と言わんばかりに、自民党の中堅・若手議員らが開いている「赤坂自民亭」に参加。この会は、竹下亘総務会長が「亭主」を、翌日にオウム死刑囚を大量処刑した上川陽子法相が「女将」、“ドリル破壊大臣”こと小渕優子・元経済産業相が「若女将」、吉野正芳復興担当相をはじめとする7期生が「店員」を務めるという“ごっこ遊び”のような内輪の飲み会で、安倍首相がこの夜、参加したのは、9月の総裁選に向けた票固めのための行動であることは間違いない。ちなみに、安倍首相はこの会に地元・山口の有名ブランド日本酒である「獺祭」を差し入れたというが、獺祭の蔵元も今回の豪雨で浸水被害を受け、製造中止に追い込まれている。

創価学会委員の皆さんに問う。
このような公明党の行為は、破和合僧とはならんのかね?
仏法を行じ、.弘めゆく人々の団結を破壊すること。
仏法上、最も重い5つの大罪(五逆罪)の一つ
広宣流布の創価学会を団結を乱す行為を指す。

お忘れかもしれんので、公明がいかに汚い組織かを忘備録として示す。 その4 共産党などとの野合

5. 創共協定

また、公明党は共産党との“創共協定”なる野合も、公明の裏切りによって協定は公表と同時にほぼ死文化したことも申し添えておきたい。

松本清張氏の仲介で宮本ー池田調印が1974年になされるも、翌75年に毎日新聞紙上で、『宮本顕治 池田大作 人生対談』の連載が始まるなどすると、共産党との協定が今後の政党間の枠組みに影響を与えると考えた公明党が反発。
公明党の竹入義勝・委員長が池田太作氏と面談したり、青木亨・創価学会副会長が『聖教新聞』に「池田・宮本会談について 人間次元で平和・文化語る」と題する一文を掲載して、対談は「組織的共闘を意味するものではない」「政治抜き」のものであると表明し、火消しにつとめた。
この背景は、創価学会が日蓮正宗との争いが本格化し、「前門の大石寺、後門の共産党」をせめて緩和しようと、池田氏が行った策略であった。
しかし、内部批判以外にも公安や警察が警戒して動き出して創価学会も監視目標とされ、自民党の中からも巻き返しの動きが出たので、創価学会も態度を変え、「10年後」とされた協定の更新は行われなかった。
ちなみに対談連載の場が朝日新聞でなかったのは、部落解放同盟よりの朝日では、共産が難色を示したからだと言われる。
6.自民と維新と民主も呉越同舟
① 人材派遣会社株式会社パソナ創業者である南部靖之・代表はハシシタ応援団として有名で、そのラインから竹中平蔵・パソナ会長に2012年衆議院選挙の公募委員長をさせたり、政策討論会に参加させるだけでなく、日本維新の会のマニュフェストを作成させたりしている。
「全労働者は、非正規となって切り捨てられよ。 よしんば正規雇用となっても資本家のために残業代も請求せぬまま過労死するまで働き続けよ!」を掲げる安倍ちゃんラインからは、労働者派遣業を儲けさせるためにを外国人の家事労働が解禁され、国家戦略特区となったのは、東京都、神奈川県、大阪市であり、受注はパソナとダスキンなどが参入している。
② 新自由主義者の裏切り者、前原氏とパソナ南部氏も家族ぐるみの付き合い。
民主党の前原誠司・元代表とは、愛里夫人が創価短大卒業生として公明とも繋がり、彼女自身がパソナで南部氏の個人秘書を務めていた関係にあり、防衛庁の人材派遣を通した利権に関与しているとされる。
③ 南部氏は金の雨を自民だけでなく民主にも降らせている。

中山泰秀(自民)衆議員ボンボンが、「パソナグループ代表補佐」の肩書であったのは、至極当然の話として、えせ労組支持政党の民主もまた、銭で毒されていた。

2014/05/28 楽天WOMAN
より
ASKA騒動が民主党にも飛び火している。ASKA(56)のスポンサーだったパソナグループの南部靖之代表(62)が、民主党の前原誠司の元代表(52)から頼まれ、十数人の「民主党落選議員」を社員として雇い、大金を渡しているという話が一斉に広まっているのだ。
 パソナと民主党議員との“癒着”を糾弾する文書もバラまかれている。
<パソナでは、南部会長 (代表)が応援している前原誠司民主党元代表から頼まれて、会社の特別顧問として、民主党落選組10人ほど養っている><月50万円ももらっている><社内でこの落選組の評判が悪い。仕事ができないばかりか、会社に出ても来ない>などと書かれているのだ。
(引用ここまで)
だからこそ、民主の支持母体の連合も非正規拡大に対して、猛烈な反対をしてこなかったのではないか?

お忘れかもしれんので、公明がいかに汚い組織かを忘備録として示す。 その3 宮本議長盗聴事件

4. 宮本議長盗聴事件

事件後を先に書いておくと、宮本議長盗聴事件で、深夜電柱に登って電話線端子に盗聴器をとりつけるなど実行部隊の中心だった竹岡誠治氏は、後にヤフー恐喝未遂事件を起こし、 2004年2月24日に警視庁捜査一課が恐喝未遂容疑で逮捕。
東京地検は3月16日、従属的立場だったとして竹岡氏を処分保留としている。
しかし、これは竹岡氏が自公連立政権が小渕内閣で発足した当初から、おもに自民党橋本派幹部との接触を深め、永田町の政界関係者の間では知られた存在であり、「創価学会本部へ直接話をつなげてくれる人物」(同派議員秘書)と評判だったからではないのかと、当時も疑問視されている。
毎日新聞 2004.2.24
より
「ソフトバンク」(東京都中央区)が運営するブロードバンドサービス「ヤフーBB」の顧客情報が記録されたDVD(デジタル多用途ディスク)を入手し、ソフトバンクから約30億円を脅し取ろうとしたとして、警視庁捜査1課は24日、北海道函館市中道2、会社役員、湯浅輝昭(61)▽東京都文京区本駒込3、出版会社経営、森洋(67)▽豊島区東池袋4、会社社長、竹岡誠治(55)の3容疑者を恐喝未遂容疑で逮捕したと発表した。
この記事を契機に、竹岡氏に関する盗聴事件の話などが、『赤旗や『AERA』』などで報道される。
・逮捕された湯浅容疑者は、1992年まで『聖教新聞』の販売店主を務め、逮捕時は函館五稜郭圏の副圏長という創価学会の現役幹部だった。
しかも、共犯として逮捕されたエスエスティー社長の竹岡誠治容疑者も逮捕時は、創価学会の東京・豊島区の分区の副区長という現役幹部だった。
・宮本議長盗聴事件後、竹岡容疑者は表の職務に従事。
学会系列の新社会研究所に入社し、74年、やはり学会系列の出版社『第三文明』に移籍。
学会本部に異動になったのは、それから2、3年後で、本部の組織センター青年局に籍を置き、78年には創価班全国委員長、79年に創価班委員長、80年には「同世代でトップ10級でないとなれない」(関係者)とされる全国青年部副男子部長に抜てきされ、70年代の男子部最高幹部の一人となっています
まさにこれを報奨人事と呼ばずしてなんと呼びましょう?
更に竹岡氏は、創価学会内部で池田大作名誉会長の親衛隊とされる「伸一会」メンバーだったことも判明している。
 「伸一会」は、学会の最高教義解釈書・指導書とされる池田太作氏著『人間革命』『新・人間革命』の主人公、山本伸一(池田氏がモデル)から名前をとったもの。

お忘れかもしれんので、公明がいかに汚い組織かを忘備録として示す。 その2 「密会ビデオ事件」

3. 「密会ビデオ事件」
公明党にとっては、世間から忘却の彼方に去って欲しい事件だろうから、今回はこれだけをテーマとして時系列で書く。
① 70年頃
学会は以前からヤクザを使ってきた。
1969〜70年頃から静岡県富士宮市にある日蓮正宗の本山、大石寺周辺の土地を買い占め、大本堂建立や「創価学会富士桜自然墓地公園」造成といった総額1千億円に及ぶ大規模事業を進めていた。
この富士宮市を縄張りとする暴力団が、山口組きっての武闘派、後藤組だ。
後藤組は楽器あのボディーガード役を担うと共に、土地に関わる巨大利権にまつわるトラブル処理では、最後まで学会に抵抗した人物に対して、後藤組組員がその自宅にブルドーザーで突っ込み、日本刀で片腕を切り落としたほどである(当時の創価学会の顧問弁護士で、学会と後藤氏を繋ぐパイプ役でもあった山崎正友氏『懺悔の告発』)。
他にも組長であった後藤忠政(本名・忠正)氏の自叙伝『憚(はばか)りながら』では、
「学会は、大本堂を造る時からデタラメなことをしていたんだ。 大本堂を造る際に、市道を勝手に(市の許可なく)潰したり、農地を不正に取得したりしてな」などとある。
しかし、後藤組が介入してもなお、反対運動は鎮静化せず、富士宮市議会では1980年末から、関係者の証人喚問、強制調査、さらには証言拒否や偽証には禁錮や罰金刑を科せる「百条委員会」の設置に向けた動きが始まった。
議会には山崎氏の証人喚問、池田氏に与えていた名誉市民称号の取り消しを求める声も噴出。
窮地に陥った学会は、再び後藤組を頼った。
「この間(80年)、山崎は学会 を破門(除名)になって失脚するんだけど、山崎が作った俺とのパイプは生きていて、今度は地元の公明党の連中を通じて(百条委員会を)「何とかして欲しい」という相談があったんだ。それで(百条委員会設置)賛成派の連中に“話”をしたわけだ」
この後藤氏の言葉通り、百条委員会は81年春に設置されたものの、公明党などの猛烈な切り崩しにより、何ら機能しないまま同年末に解体され、結果は創価学会の思惑通りとなっている。
なお、当初は学会と後藤組の仲介役として山崎氏が動いていたが、同氏が失脚して以降も「地元の公明党の連中を通じて」「相談」があったという。
このことから、ヤクザを利用したという罪を山崎氏個人に着せることはできない。
② 80年代
百条委問題直後、創価学会と後藤氏の縁はいったん切れる。
後藤氏によれば、学会が後藤組を切り捨てようとしたためで、憤激した後藤氏は竹入義勝・公明党委員長、矢野絢也・公明党書記長(肩書はいずれも当時)に、2度にわたって内容証明を送付した。
しかし、学会が黙殺したうえ、83年6月に突然、富土宮署に「後藤組潰滅対策本部」が設置されたことから、後藤氏はこれを学会の差し金と見て激怒。
85年11月には後藤組系幹部らが創価学会文化会館(東京・信濃町)に発砲し、逮捕される事件が発生する。
後藤氏
「これには池田もビビッただろうな。そりゃそうだわ、行く先々で”パン”って音がするんだから(笑)。 それで慌てて、俺ん ところに池田の使いが飛んできて、詫びを入れてきたんだ」
これがキッカケで、創価学会と後藤氏は再び協力関係となり、新たな窓口は、後藤氏のもとへ謝罪に訪れた前述の“池田の使い”となる。
『憚りながら』では注釈として、後藤氏が「X」の正体を一切語ろうとしないとしたうえで、これまでの報道などから、この人物が池田氏の側近中の側近と言われた
「藤井富雄・元公明党東京都議会議員であることは、もはや疑いようのない事実だ」
と付記している。
③ 90年代
91年に日蓮正宗が創価学会を破門し、対立が激化すると、日蓮正宗の総本山・大石寺で発砲事件などが発生。
そして密会ビデオ事件、99年の公明 &自民連立政権時代へと続く。
反学会の評論家であった藤原弘達氏の1969年の著書『創価学会を斬る』及び他の創価学会批判本にまつわる「言論出版妨害事件」についての世論の批判を受け、創価学会会長の池田太作氏が謝罪した70年頃、田中角栄氏によって、前述藤原著作によっても、この公明擦り寄りによる連立は予言されていた。
密会ビデオ事件:

95年12月頃、藤井富雄氏と後藤氏が映った”密会ビデオ”の存在が政界で噂され、これを材料に、与党の自民党が96年、住宅金融専門会社の不良債権処理のために6850億円の公的資金の投入を審議した“住専国会”で新進党を切り崩した事件。

藤井氏は池田太作・創価学会名誉会長の側近といわれる東京都議で、後に野中とともに自公連立の牽引車となる人物である。
当時は新進党に合流していない旧公明党参院議員と地方議員を束ねる「公明」初代代表をつとめていた。
その他にも公明党最高顧問、公明党東京都本部顧問などを歴任した、公明党のドンだ。
撮影自体は、百条委つぶしが行われた頃になされ、これを自民の野中広務氏や亀井静香氏らが見つけ、公明党を脅し、屈服させた。
野中氏は、公明党時代に国対委員長として活躍した権藤恒夫(新進党)衆議員の代議士に会い、密会ビデオの存在を知らせる。
96年3月6日、権藤氏は、友人であり、小沢一郎の側近でもある平野貞夫(新進党)参議員に連絡をし、議員会館の権藤事務所で6千850億円の税金投入に反対する新進党による住専予算の妥協を相談する。
国会は破綻した住専(住宅金融専門会社)の処理策をめぐって大揺れに揺れていた。小沢が率いる新進党はして2日前に予算委員会室の出入り口で座り込みをはじめたばかりだった。
『月刊現代』2004年2月号
―「野中広務『権力20年戦争』」
魚住昭より抜粋
「脅かされているので妥協したいということなのですか?」
平野の問いに権藤が答えた。
「ことは暴力団がからんだ問題だ。学会も気にしているから放っておけない。このままだと公明系(の新進党議員)がもたなくなるので、何かいい知恵はないだろうか」
 平野は権藤と2人で党首の小沢に報告に行った。小沢は、
「学会が困っているんだから、話し合いをしてやれよ」
と、権藤・野中ラインでの交渉開始を了承したが、
「条件が2つある。1つは予算を修正すること。もう1つは自民党にも経済構造改革の必要性を分かっている人がいるから、住専問題を機会に改革のきっかけを作ることだ」
と釘を刺した。住専予算をめぐる権藤・野中の水面下の交渉はこうしてはじまった。
平野の回想。
「交渉結果は逐一、権藤さんから報告を受けました。向こう側には野中さんだけでなく(参院自民党幹事長の)村上正邦さんや亀井静香さんもいて、問題を表に出したくなければ住専で妥協しろと言ってきた。でも、小沢党首は予 算案から(6千850億円の)数字を削れと言って譲らない。間に入った権藤さんは学会からもいろいろ言われるから困ってね。そうこうするうちクリントン大統領の来日が迫ってきた。それまでに予算案を衆院通過させなきゃいけないというので、事態はかなり切迫してきたんです」
(抜粋ここまで)
反創価学会の野中氏は『老兵は死なず 野中広務全回顧録』で、公明党との連立について、学会が届け出ている資産リストと、聖教グラフに載っている絵画を照らし合わせて、届け出のない絵がいろいろあることを調べあげるなど、叩きに叩いたら擦り寄ってきたのだとする。
また野中氏と亀井氏は、学会の学生部幹部数名が共産党の宮本顕治・議長を盗聴していたこと、公明党は選挙のたびに学会施設を使っていることなどを、追及。
このとき学会は、またもヤクザに頼んで、亀井静香を襲撃しようと画策したのだと。
前述『月刊現代』より抜粋
 当時、自民党の組織広報本部長として反学会キャンペーンの先頭に立っていた亀井が「命を狙われている」という噂が流れた。まもなくその噂を裏付けるように亀井付きのSPが増員され、亀井の車はつねに警視庁の警備車両2台にはさまれて移動する騒ぎになった。村上正邦の元側近が語る。
「騒ぎの発端は、藤井さんと後藤組長の密会ビデオでした。亀井さんが入手したそのビデオのなかで、藤井さんは反学会活動をしている亀井さんら4人の名前を挙げ『この人たちはためにならない』という意味のことを言ったというんです。受け取りようでは後藤組長に4人への襲撃を依頼したという意味にもとれる。それで亀井さんと村上、警察関係者、弁護士、私も加わって対策会議が開かれたんです」

お忘れかもしれんので、公明がいかに汚い組織かを忘備録として示す。 その1

公表されていることばかりだが、公明の汚さを思い返してもらい、岸和田市中核市構想で維新と猿芝居を画策するのは、さもありなんと、その下地から理解してもらうために書いておく。

野党共闘を安倍氏や維新は「野合」と言う。
ならば、そのブーメランをお返ししてみたい。

99年からの自公連携がなぜ始まったか

1.自民による公明攻撃に負けた公明

公明党が自民党の補完勢力となったルーツは、1967年の佐藤栄作内閣時に始まる。
憲法擁護・安保反対を口にして、衆議院に進出してからわずか半年、自衛隊法・防衛庁設置法の防衛2法案に対して、
自衛隊の強化を目指した佐藤元首相からの3時間に渡る説得に池田太作氏が乗り、池田氏の電話によって公明党が従い、主張とは正反対の対応となった結果、与野党の対決でもめていた参議院ですっと通ってしまう。
この佐藤・池田会談の場面は、『佐藤栄作日記』にあ る。
「池田氏との3時間の会談」と言えば、安倍ちゃんも2006年9月のポンポン痛いから投げ出ちゃった内閣の際、自民総裁選と首相就任の1週間ほどの間に、池田氏と3時間に渡ってメモを取りつつ会談し、それが新聞各社に報道されても、国会では否定したっけ。
自民党の機関紙『自由新報』では、1994年には「墓をつくることで、集金している」といった集金方法など、20回にわたって激しい創価学会批判をしている。
自民を割って出た小沢一郎氏が公明とくっついており、自民が野党だったからだ。
安倍晋三氏や亀井静香氏らは、創価学会に反対する保守派の政治家、宗教団体などが設立した四月会(発音は「死学会」の意味)に属し、安倍ちゃんは「学会、公 明党は危険だ!」と罵っていた。
95~96年にかけては、内藤国夫氏と俵孝太郎氏が82回、学会批判を展開している。
その後、99年に公明党は自民党に くっつき、与党となる。
当時、その仲介をしていたのが、野中広務氏だ。
そして、自民党議員は、学会票なしに当選できなくなる。
今、野中氏の役割を果たしているのは、菅義偉氏だ。
菅氏も90年代なかばには、同様に激しい学会批判をしていた。
その背景はこうだ。
1987年、横浜市会議員選挙に西区選挙区から出馬し、初当選を果たし、その後市議を2期務めた菅氏は、小此木彦三郎(自民)衆議員秘書の経歴を活かし、小此木氏の事実上の代役として、高秀秀信・市長の指南役として、「影の横浜市長」と呼ばれた。
2期の市議経験後、1996年の第41回衆議院議員総選挙に神奈川2区から自民党公認で出馬した彼の政敵は、新進党公認・公 明推薦の上田晃弘氏、旧民主党公認の新人、大出彰氏であったが、彼らを破って、初当選している。
祝勝会でも菅氏は、「自分が戦ったのは政党ではなく宗教団体だった、政教一致はけしからん!」と言ったそうだ。
2.日蓮正宗からの破門
前述1のような自民党の攻撃の中、創価学会・公明党は敗北してゆく。
そのきっかけの一つは、1991年11月28日、日蓮正宗が創価学会及びSGIを破門したこと。
学会は、門徒団体として宗教法人格を得ているのだから、これ以降、宗教法人適格がなくなっているのに、政治的配慮で免税などの優遇を措置を受け続けている。

9月議会で、公明の維新奴隷ぶりが露見し、中核市に一転賛成しだす理由。

そもそも公明は、99年からの自公政権や大阪府市議会を見てもわかるように、権力の奴隷でしか存在を許されていない集団である。

だからこそ私は「コーモリ党」と揶揄するし、それに対して当の成長してもコーモリはコーモリのままな集団は、一切の返答すらできない。

 

岸和田でも、維新市長となる前からコーモリは市長提案に反対することなどなく、議会での無脳ぶりをさらけ出してきた。

当然、市民に対して市政報告などできるはずもないまま、ただ信者を適当にあしらってこの世の春を謳歌してきた。

 

永野維新市長になっても、その“権力こそが正義”な姿勢は全くブレることはない。

6月議会での中核市反対も、当初より永野維新勢と話ができていた出来レースな小芝居である。

 

今回は、それらの証拠を提示する。

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南 加代子
7月5日 13:05

より
国際ソロプチミスト岸和田の皆様から、岸和田市教育環境整備として、視覚障がい者用「拡大読書器及び翻訳機」の贈呈があり同席致しました。
教育現場で活用され、子ども達が読書に励んで頂ければ嬉しいですねー 友達: 永野耕平

 

これに対するコメント:
西岡優
7月5日 1:35
南先生、国際ソロプチニストから、視覚障害自動翻訳機の贈呈、南さんの提案早くも実現したの、一部だろうけど、嬉しいよね。
今日は夜中に目覚めて、コメントしています。
23時以降の出展者、南さんも含めて多いですよね、忙しいでしょ。公明党は政党で唯一ネットに掲載している、製作提言の宣伝出来ないものか、国民、市民は公明党の存在価値を知らな過ぎる。
中途半端と意見する市民も、考えて貰いたい。

 

ググってみたが、毎年市に何かしら贈呈を行っている国際ソロプチニストの訪問について、議員がアップしているような気配はなかった。

更に春以降は特に公明が、訪問ネタを頻回でアップしている。

 

市長表敬訪問
2018年 6月 7日

午後4時30分からは、岸和田市立久米田中学校1年の清水風太君とご家族が市長表敬訪問に来られました。
清水風太君はミズーリ洲ブランソンにて8月から開催されます「カル・リプケン世界少年野球大会」に日本代表として出場されます。
永野市長からは「岸和田の誇り」だと大激励を受け、緊張感の中にも嬉しそうな表情を見せてくださっていました。
頑張ってくださいね

 

岸和田小学生女子ソフトボール
2018年 7月 7日

昨日夕刻、春の大会で全国優勝を果たした「岸和田Drクラブ」チームが、夏の小学生女子ソフトボール全国大会出場が決まった報告に来られました。
春夏連覇目指し頑張ってください!

 

 

この意味は何か?

市長室の訪問者を、全ての議員が把握しているわけではない。

誰かが訪問を知らせているのだ。

 

秘書課:

議員が同席することもあるが、それは個々のお付き合いと考えています。

 

この言葉通りだとすれば、訪問者は皆が創価学会員か?となる。

後者など小学生や保護者が、公明議員にあえて訪問を伝えるならば、「自民も共産も維新も黙ってへんで!」となるだろうが、多くの議員が同席しているフシはない。

 

この現象を、中核市出来レースに当てはめて考えればスッキリする。

永野耕平(維新)市長は、公明に同席させて恩を売る。

公明は市長との昵懇ぶりを、ネットで喧伝する。

これがWinーWinってやつか?

こうして公明はまんまと維新奴隷の座をせしめるのだと目の当たりにして、その腐臭に反吐が出る思いだ。

 

仕掛け人は、米田バッタ貴志南加代子氏のように見える。

「公明で毒饅頭と言えば、米田」というのは、岸和田市議会で一致を見る意見だとして、もう一人の雄、岩崎雅秋氏を差し置いて南氏が飛び出ているのは、1期目もあと1年を切り、功を焦っているといったところだろう。

 

所詮、道が凹んだ埋まった以外には、

違法か横入りか知らぬが、生活保護や公営住宅の世話をして、見返りに聖教新聞を押し売りするような程度の低い販売員として、

また議員報酬の3~5割を党本部に上納して公認を得ているだけの存在でしかない者たちでしかないのだから、

政治家としてどころか人間としてすら自立しようがなく、権力に擦り寄ることでしか自己肯定感も得ることができないのだろう。

 

そんな烏合の衆の尻尾を振る道具に、中核市が使われたのではたまらない!

 

維新ともども公明も、自身が開けようとしている中核市という岸和田市を陥れようとしている地獄の釜の蓋の下に、お前たちだけが落ちてくたばれと願わずにはいられない。

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訪問ついでに、腹立たしく読んだこれも書いておく。

日韓親善協会の懇親会に出席したのは、松本妙子氏が副議長であるとしても、軍団で押し寄せるとのイナゴぶりを見せつけられ、さぞや協会側も驚いたことだろう。

これが腹立たしいのは、日本の政治家として、在日朝鮮人について「良い朝鮮人も悪い朝鮮人も皆殺しにしろ!」と口汚く叫ぶ在特会らの跋扈を見て見ぬふりをしながら、よくぞ韓国側の人々とニタニタしながら話せるものだとの厚顔無恥ぶりである。

 

私は統一朝鮮支持なので、「朝鮮人」と表記する場合、原則韓国籍も共和国籍も日本外務省が主張する地理的要件としての朝鮮半島出身者籍も含む。

その解釈で言えば、ここに出席している韓国側の人々も在特会から排斥される側に入ろう。

 

排除する行動を暴力的に行っている在特会側は、安倍ちゃんらと親密だし、彼らの在日外国人攻撃の投稿に安倍ちゃんらは度々支持を表明し、大批判にさらされてきた。

そんな差別主義者が、岸和田市議会にもいる。

籠池のオッサンらとお友達な日本会議で理事を務める稲田悦司(創生)、会員だと表明している金子拓矢(刷新)、遅れてきた分、ヘイトでは負けないぜと鼻息荒い反甫旭(自民)らだ。

日本会議の下請けの青年会議所は、岸和田では公益法人の冠をかなぐり捨てて、一部の者が私物化し、永野維新後援会化している。

 

このような差別主義者らの奴隷として存在している公明が、いけしゃぁしゃぁとよくぞ間接的にでも己が迫害している人々の前に姿を現せたものだ。

こういう思考の者が、また自分が踏みつけ続けている人々に対して、何の罪悪感も恥ずかしさも持たずに脳天気に振る舞える者が、アウシュビッツに数百万という大量のユダヤ人を送りながら、「俺でなくても、誰でも同じことをした。 俺は命令に従ったまでで、責任はない」と、15年間逃避を続けたアルゼンチンから移送されたイスラエルの裁判で主張し、絞首刑台の露と消えたアイヒマンのように“凡庸なる悪”の見本なのだろう。

このような公明軍団が、どこの露に消えようと知ったことではない。

私の今の使命は、地獄の一里塚である中核市移行で、住民サービスが劣化し、岸和田市が二度と立ち上がれなくなることを防ぐことだ。

 

 

そのためのまた新たなネタが発掘された。

私もまたメディアに出演することになろう。

 

メディアと連携し、D-DAYを決めるのは、私だ。

その時期を見誤らないようにし、中核市への大打撃の一打としたい。

首を洗うて待っちょれよ!

 

 

ちなみに南氏のFbばかりを引用したが、私をブロックしている米田バッタのFbも確認した上で、記事を書くのに使い勝手の良い方を使っていると明らかにしておく。

自身の行動と同じく中身のない朝立ちと天気図投稿ばかりでは、ネタと手して使えないので、こちらを使っただけであり、ブロックしたから見られないだろうと思っていたら大間違いだと指摘しておく。