まやかしの保守 ついに「日本会議」政治が沈没す

丸パクリだが、遺すべき記事なので、全文掲載。
私のブログで「日本会議」と検索をかければ、何度も日本会議系集会へのカウンター参加や、議員との対面について書かれているものが見つかる。
そして読者は、日本会議系と称する者の主張がどれも中身がないと知るだろう。
「籠池のオッサンは、日本教育再生機構(愛国心教育を徹底し、歴史修正主義的な育鵬社の教科書を使うことを主張する団体)を知らなかった」と菅野完氏は言っている。
それは演技ではなく、本当に知らなかったのだと。
「籠池氏は忘れる能力に長けているから、保育園が閉鎖寸前であることも、明日起きたら忘れているのではないか?」とも関係者から聞くので、聞いているが忘れているのかもしれんが、ともかく脳内にはないらしい。
そんな籠池のオッサン同様、私が対話してきた日本会議系の人々は、中身がない。
戦争資料どころか、日米地位協定によって、どのような屈辱的支配を米軍から現在の日本政府や国民が受けているのかも知らない。
そんな能天気だからこそ、日本会議などを信奉できるのだろう。
現在、フランスでは、大統領予備選を控えているが、ルペン=ザ=セコンドとも言うべきマリーヌ=ルペン氏の支持者は、メディアに「どんなルペン氏の政策を支持するか?」と問われ、具体的回答でなく「全部」とする人が多いとニュースで報じていた。
デジャヴュか?
同じ光景を私は何度も見た気がする。
小泉、民主、ハシシタ、安倍、小池・・・・
私はこれらを一切支持したことはなく、その都度これらの振りまく“まやかし”を説明し続けてきた。
それに対して信者の答えは常に「何かわからんけど良い」であった。
それらに所属する政治家ですら「選挙で勝つやん」としか説明できた試しがない。
多忙すぎて、判断応力まで奪われてしまっているように見える社会。
日本会議のような枯れ尾花にビビることなく、等身大の姿を見据えて、そこに群がる多数のゾンビの幻影である信者を祓い、個々の考える集団に織りなす、民主主義を取り戻したい。
より
▼保守思想を媒介した構造的な腐食
▼安倍首相が「日本会議」を使い捨てる日
「森友疑惑」とは、保守ネットワークを温床とする構造的な腐食ではないか。「保守業界」をえぐり続ける異能記者が、安倍政権が利用した「日本会議」の空疎な正体を明らかにし、まやかしの愛国蜜月政治の落日を論証する。
「安倍晋三先生に敬愛以上のものを持っていた。
昭恵夫人ともども、小学校開設にご助力頂いていると認識していた。
多くの皆さんの期待に舞い上がっていた。
国有地取得では神風が吹いた、見えない力が働いたのかなと感じた。
昭恵夫人に助けを頂こうと考えたが、8億円もの想定外の値引きには当時びっくりした。
何らかの政治的関与、口利きがあったのだと思う。九分九厘できていたのに、応援してくれていた人が手のひらを返すように離れていく。
安倍首相も国会で私を『しつこい人だ』と言い出した。
私だけを悪者にする政府や大阪府のやり方に、おかしいぞ、これはどうなっているのかな、
不可思議な力が働いているのかなという心境になり、何もかもお話しすることにした」
「森友学園」の籠池泰典理事長が国会の証人喚問で語った証言は、今後「事件」に発展するのかという観点から見れば、カネの授受など真偽の確かでない部分が多かった。
だが、なぜこんなスキャンダルが起きたのかという世相や政治潮流への関心で見るなら、安倍首相夫妻をシンボルとする「保守」ネットワークが問題の温床だった構図が、かなり生々しく飲み込めた。
 籠池氏は自ら認めたように、「安倍流保守」の人脈と影響力をもってすれば、殊更に刑事犯罪を問われかねない賄賂を贈ったり、請託をしなくても、行政が特別の配慮や手心を加えてくれて当然と思い込んでいたと言うのだ。
 了見違いも甚だしいが、呆(あき)れたことに、そんな了見違いが第2次安倍政権の4年間に(国有地の取得要望書提出は政権発足の9カ月後)、籠池氏自身も「驚き舞い上がる」ほどのスピード感で、あれよあれよと取り運ばれ、「九分九厘」成就する寸前だったというのだ。「事件」になるかどうかに関係なく、これだけですでに政治腐敗と言わずして何であろう。
 これが氷山の一角でないとは思いにくい。古典的なカネの介在した「疑獄」とは異質の「保守」思想が媒介する構造腐食が進行していると考えるべきではないのか。
「森友問題」の背景を考える時、草の根右派組織「日本会議」の存在を避けて通ることはできない。
籠池氏は、「保守業界」で日本会議大阪の幹部(運営委員)として知られていた。
日本会議によると、小学校の用地問題が始まる前の2011年1月に退会届を出していたので「関係は絶たれていた」というが、籠池氏を知る人々は会員資格のあるなしに関わらず、「愛国教育に熱心な日本会議系の籠池氏」と認識していた。
「瑞穂の國記念小學院」の勧誘パンフレットには、「森友学園にお越しいただいた方々」として過去に講演したことのある安倍昭恵氏や鴻池祥肇(こうのいけよしただ)元防災担当相をはじめ「保守」論客20人の顔写真が掲載されていた。ほとんどが日本会議「系」だ。小学校建設計画に関わった 人々は、そこに政治力の影を感じ取っていた。その中には、大阪府や政府の役人たちも含まれていたはずだ。

「保守の名刺代わりになると思って」

 日本会議について論じる時、この「空気感」は大事なポイントである。
なぜなら、日本会議は誰がメンバーで、どういう役職者たちが、どこで、いつ、何を、どうやって決めているのか、はっきりしないところに組織の特徴があるからだ。
むしろ意図的にあいまいにして、正体不明な雰囲気を強みにしているフシがある。隠されれば、なお知りたくなる。だから昨年来、日本会議の解説本がちょっとしたブームになった。
 日本会議に関するデータは、ギョッとするような数字が並ぶ。
与野党の国会議員約290人が「日本会議国会議員懇談会」(会長=平沼赳夫(たけお)元経産相、特別顧問=安倍晋三首相、麻生太郎副総理・財務相)メンバーで、安倍内閣では閣僚19人のうち15人を占める。全47都道府県に地方本部、その下に240超の支部があり、所属する地方議員は約1800人超、憲法改正の早期実現を求める1000万人署名運動を展開し、全国の8割に相当する37都道府県議会で同趣旨の決議を採択の予定……。
 海外メディアが「日本最大の右翼団体」「安倍右派政権を操る巨大勢力」などとおどろおどろしく形容するゆえんだが、実情を取材してみると、国会でも地方でも自覚のある熱心な会員議員はほんの一握りで、大半が「皆が入っていて誘われたから」「保守の名刺代わりになると思って」「多少なりとも票集めの足しになれば」といった動機のあやふやな「会員」らしいと気づく。
名簿に載っているのに「私も入っているの?」「よく知らない」「退会した」と答える議員も少なくないので拍子抜けする。
 戦後70年の一昨年、いくつかの土地(群馬県高崎市、長野市、大阪府茨木市、奈良県天理市、福岡県飯塚市、長崎市など)の自治体や地方議会で、戦前・戦中の朝鮮人強制連行に関する史跡の説明板や碑文が「反日的だ」として撤去や書き換えを求める動きが起きた。
そうした碑や史跡は全国に何百もある。
そのごく一部について、偏った地域で、一斉に同じテーマの同じ要求が、同じ手法で起きた。
その傾向と現地の顔ぶれから、日本会議の「組織的キャンペーン」と疑われた(日本会議広報担当者は否定)。
 飯塚市の事例を取材した。市議会で質問した議員は日本会議系だったが、内容に事実誤認があり、迫力に欠け、市側の説明でおとなしく引っ込んだ。
その後も質問は繰り返されたが、議員は気乗りしない様子で、地元の事情通は「市内に本家がある麻生家とつながりの深い熱心な日本会議メンバー2人から強く促されたやらせ質問だから」と苦笑していた。
断っておくが、まさか麻生氏がやらせたというわけではない。麻生氏の周辺に近づき、その盛名をかたる右派活動家がおそらく独自に動いた。
しかし、権勢を誇る副総理の名前が背後にちらつき、よそでも同じ動きがあると報じられれば、事情をよく知らない人々には権力と結びついた「組織」や「勢力」を想像させずにおかない。
同じように各地の地方議会 で質問や決議を重ねて「量」を大きく見せかけ、実態は空疎な「質」を偽装する、それが日本会議の手法なのだ。

こんな組織で日本国の黒幕?

 そうした外見に引き寄せられる人たちもいて、神奈川県など一部地域で会合は盛況だが、全国会員数は公称約3万8000人。
小さくはないが、参院議員を単独で当選させられる集票力はない。
1万人規模の全国大会を開く時は、「新宗教」と呼ばれる教義も主張もまちまちな宗教団体の信者で埋め尽くされる。
会場をのぞくと、聴衆はまじめそうだが驚くほど熱気がなく、文字通り「動員」されただけとすぐ分かる。
選挙の時はそれぞれの推薦候補を抱えているので、集会用の「サクラ」である。
 言わば「張りぼて」だが、それでも1997年の創立以来、国旗国歌法制定(99年)と「愛国」「道徳」を盛り込んだ教育基本法改正(2006年・第1次安倍政権)の実績が、官界に一定の政治力を認知させた。
想定外の第2次安倍政権の発足で「ついに政権まで握った」という「黒幕神話」を生んだ。しかし、知れば知るほど理念も実体も空疎なのに当惑するのだ。こんな組織で日本国の黒幕なのか?
 これまで一番腑(ふ)に落ちた分析は、日本会議設立に深く関与し、初期の活動に少なからず力を貸してきた村上正邦・元労相の評価だ。
「日本会議自体にそんな力はない。ビラや集会や地方議会決議といった昔の左翼のやり方をまねて大きく見せかけているだけだ。力を失ったオールド左翼の連中が昔の自分たちの幻影に怯(おび)えている。その幻影の力を安倍が利用しているんで、日本会議が安倍を操っているんじゃない。逆なんだ。安倍は賢い。自分には人を畏怖(いふ)させるものがないと分かっていた。最初は日本会議が安倍を教育しようと近づいたんだが、そのうち安倍は自分に大きな背後勢力が付いていると見せることが政官界への隠然たる影響力になると気づいた。日本会議はいつの間にか立場が逆転したと気づいているし、憲法改正でも靖国参拝でも安倍の日和見路線に不満があるけど、こうなっては利用されるしかない」
 一昨年6月、現在病気療養中の日本会議国会議員懇談会長の平沼氏に永田町の事務所で取材した際、「日本会議の中に外には出せない安倍首相への不満が溜(た)まっているのでは」と率直に尋ねたところ、平沼氏はゆっくり二度うなずいてから、厳しい表情で「それでもしっかり支えていきますよ」と言葉を発したのを思い出す。
 ねじれを抱えながらも「日本会議幻想」は「安倍流保守政治」を支える基盤であり続け、官僚機構はデータの数字とあやふやな伝聞を元に、政治力の幻影を実像と見なして、恐らくは「便宜」や「忖度(そんたく)」を計らい、結果的に幻影に実体を肉付けしてしまった。それが「森友問題」なのではないか。
「事件」化に拘(こだわ)るなら、このまま誰が悪者なのか藪(やぶ)の中で終わる可能性もあるが、政治腐食の温床と構図はかなり分かってきた。
日本会議系につながっていれば、昭恵夫人と親しくしていたら、この政権では何かおいしいことにありつけそうだという歪(ゆが)んだ政治の風潮があり、「第2、第3の森友問題」もあるのだろうと皆が知ってしまった。
 これをきっかけに、日本会議は安倍政治の柱石から弾(はじ)き出されていくだろう。
理由は行政の腐敗だけではない。安倍首相が政権延命を優先し、実は憲法改正や靖国参拝に慎重だからばかりでもない。
もっと本格的な政策の根幹で、日本会議と安倍政権にはひびが入っており、これまでフタをされていた「期待外れだ」「迷惑だ」という相互不信が増幅されていくと予見できるからだ。

政権長期化で「目障りな支持層」に

 日本会議は、愛国教育・あるべき家族像・歴史認識といった一見伝統的な理念問題を運動の柱に掲げる。
これに対し、安倍内閣はグローバリゼーションを勝ち抜くための経済産業省的ナショナリズムを政権運営の軸に据える。つじつまを合わせようにも、ずれが出る。
 たとえば日本会議の「忠君愛国」「歴史美化」には、ヘイト・スピーチまがいの「排外主義」が紛れ込んでも自浄力が弱い。
「あるべき家族像」では女性の立場や役割が従属的になりがちで、経済成長に不可欠な「輝く女性」政策としばしば相容(あいい)れない。
そもそも日本会議には本格的な経済政策・国家経営ビジョンがないので、安倍政権が長期化すれば次第に「目障り」で「面倒な」支持層へ追いやられていくのは避けがたい。
「ブレグジット(英国のEU離脱)、トランプ(米政権)・ショック」後の国際情勢に対応した外交政策の転換も、日本会議と安倍政権では発想が異なる。
中国・韓国・北朝鮮に対するプライド以外に日本会議の外交政策は不明だが、国際政治学者の田久保忠衛会長は時事通信ワシントン支局長を経験したベテランジャーナリスト出身らしく、「トランプ米大統領ともプーチン露大統領とも仲良くしていれば、中国を牽制(けんせい)できる」と言わんばかりの楽観的な安倍外交に最近、方々で公然と警告を発している。
 田久保氏は日中戦争時代の米中関係、ニクソン米大統領が電撃訪中した米中接近の歴史的教訓から、トランプ政権が習近平・国家主席の「新型大国関係」(米中2大国=G2で太平洋をはじめとする国際関係を仕切ろうという戦略的互恵関係)路線に同調する可能性は否定できないと指摘。最悪の展開を避けるため、今こそ日本が先に中国との融和・協調路線をとるべきだと主張している。領土問題棚上げの日露交渉進展にも大反対だ。
 経済・外交政策の骨格で不協和音が大きくなりつつある時、「森友問題」は起きた。スキャンダルはウヤムヤにできたとしても、長期政権の路線問題は簡単に溝が埋まらない。遅かれ早かれ「日本会議政治」の地盤沈下はあらわになる。「森友問題」は、その思いがけない呼び水となる。

ネトウヨ妄言を政治家が吐き、学生にあきれ返られる会? 勝共UNITE KANSAI フォーラム

ネトウヨチェッカーのブログより、こんな記事を見つけたので転載する。
第3回 勝共UNITE KANSAI フォーラム 東淀川区民会館

https://www.ynite.org/info/kansai170408/

第3回 勝共UNITE KANSAI フォーラム 東淀川区民会館.jpg

“大阪で「勝共UNITE KANSAI フォーラム」開催”
“4月8日(土)午後1時半から大阪市内の会議室で、「第3回 勝共UNITE KANSAI フォーラム」(主催:勝共UNITE KANSAI)が開催され、大学生ら若者80名と、国会議員2名、市議会議員ら3名が参加しました。”

(たかひら注:

左から田中学・貝塚市議、長尾敬・衆議員、谷川とむ・衆議員、柳本顕氏で、全て自民党)
貝塚市議会議員 自由民主党 田中がくBLOG

2017年04月10日
http://blog.goo.ne.jp/tanaka_gaku/d/20170410

より

“13時30分からは、東淀川区民会館で「UNITE KANSAI」学習会に参加させて頂きました。
約50名ほどの大学生が、参加されていて「トランプ大統領や北朝鮮ミサイル問題・家族の在り方」などについて議論されました。
国会議員では、長尾たかし代議士と谷川とむ代議士が出席され、挨拶をされました。
3項目の発表が終わってから、私が講評を述べさせて頂きました。”

(たかひら注:

反共って、今や安倍ちゃんのお友達、文鮮明お父様率いる統一教会しか使ってない言葉じゃないの?

しかも共産主義って、どこのこと?

これまた安倍ちゃんの好きなプーチン氏のロシア?

中国?

ベトナム?

これらは自称であり、最も近いのはキューバや北欧諸国なんだが、そんな離れた国を敵視しているのかね?

私が「無人で実効支配を日本がしている尖閣でなく、70年間不法占拠されてる北方領土に行け!」と言った途端、私からトンズラした長尾某や、デマを盲信し続けていると私が指摘した学さんが話をしただって?

大学生相手にオッサンの妄想を聞いてもらう会かね?

こんな買いがあると学さんから聞いてなかったが、次からは、あなた方の妄言を事実によって検証してあげるけん、呼びんさい。

更に元ネタには、きな臭い宗教団体などから寄付をもらっているとの収支報告書のリンクもあった)

長尾敬(大阪14区)
自由民主党大阪府第14選挙区支部2014年
1,000,000 ワールドメイト 半田張久 H26/12/8
http://openpolitics.or.jp/pdf/272501/2014.pdf

谷川とむ(大阪19区)
自由民主党大阪府第19選挙区支部2014年
1,000,000 ワールドメイト 深見東州 H26/12/6
http://openpolitics.or.jp/pdf/273401/2014.pdf

谷川とむ(大阪19区)
谷川とむ後援会 2014年
西川きよし 100,000 タレント H26/12/16
http://openpolitics.or.jp/pdf/273402/2014.pdf

高槻市も理屈でなく、ネトウヨに浸食され、ヒノマル立てただけと白状。

高槻市の学校へのヒノマル掲揚について、「結局明快な回答はできなかった。」と書いた。
たあk月下想白状せざるを得ない回答が、当時寄せられていたので、転載する。
高槻市 教委 総務課 タグチ氏回答:
 明示できる根拠はなく、2015年9月議会での議事録を引用しました。
 長めですが、その部分のみ抜粋します。
平成27年 第4回定例会(第3日 9月28日)
田村規子議員(自民党・蒼政会議員団)
 公共施設の国旗掲揚についてお尋ねをさせていただきます。
 現在、市役所や消防署などの市の施設では、国旗及び市旗が掲揚されていますが、特に国旗について質問をさせていただきます。本市の公共施設における国旗掲揚の現状について、学校・園も含めてお聞かせください。

総合戦略部長(上田昌彦)
 まず、市長部局の施設での対応につきましては、一律の形態ではないものの、市役所本館及び総合センター等の庁舎や、文化会館、総合スポーツセンター等の文教施設、保健センター、高槻クリーンセンターなど、多様な種別の施設において国旗を掲揚しており、国旗掲揚のためのポールを備えつけた施設では、ほとんど掲揚しております。また、水道部、交通部、及び消防本部の所管施設につきましては、ほぼ掲揚しております。
 教育委員会所管施設につきましては、日常的に掲揚していない施設もございますが、全小、中学校では、卒業式や入学式などの式典において掲揚しております。

田村規子議員(たかひら注:自民市議)
 国旗掲揚を行っている施設において、どのような手法 で国旗を掲揚しているのですか。私は、市の施設において、国旗掲揚を行うべきと考えておりますが、市の見解をお聞かせください。

総合戦略部長(上田昌彦)
 まず、国旗の掲揚手法でございますが、国旗掲揚を行っている施設におきましては、夜間、雨天を除いて、前日もしくは施設開庁日のみ掲揚している場合が多く見られます。
 また、慶事や弔意表明時、イベント開催時等、特別な日にのみ掲揚する施設もございます。
 次に国旗につきましては、国旗及び国歌に関する法律に基づき、国家の象徴として大切に扱われているものであり、国民の間に定着することを通じ、国民のアイデンティティーのあかしとしての役割を担っていると認識しております。このような認識のもと国旗掲揚は需要であると考えております。

田村規子議員
 それぞれご答弁いただきました。順番は違いますけれども、国旗掲揚の件から要望を述べさせていただきます。
 国旗掲揚は重要であると今、ご答弁をいただきました。1問目で、市長部局の施設において、国旗掲揚のためのポールを備えつけた施設では、ほとんどで掲揚している。また、水道部、交通部、消防本部では、ほぼ掲揚されている。また、全小、中学校においては、卒業式や入学式などの式典で掲揚されていると、現状をお聞きしました。
 確かに、ポールに掲げられた国旗を見ることができる施設が多くありますけれども、担当云々は別として、中にはポールがあるにもかかわらず、その施設が開館している時間帯にもかかわらず、国旗が掲揚されていない施設がある のも事実であります。その光景には、私は違和感を覚えます。
 市全体として統一した手法で、国旗掲揚を勧め、広く市民に親しまれるようにすることが必要だと考えます。しかし、まず、ポールがある施設から、周囲の整備をしていただき、掲揚していただくことをお願いしておきます。さらには、小、中学校等の学校・園においては式典のときだけではなく、ぜひ常時掲揚をしていただき、国家に誇りを持ち、国旗について正しく理解ができるよう指導していただくことを要望してこの質問は終わります。

(引用ここまで)
「他にもこれまで何度も議論されてきた」とも説明があったため、議事録をざっと見ると、
 2012年6月議会では、角芳春市議が中心になって8人(自民 4、みんなの 党2、高槻維新の会2)の共同提案という形で、2016年の6月に「高槻市国旗等掲揚条例」が提出・可決されています(13年9月25日、角氏が「本件は議会 あり方検討会において議論すべきが妥当であるとして、同委員会に諮られました。議会あり方検討会では、多数の委員から前向きに掲揚すべきであるとの意見、 そしてまた、府下でも条例を制定している市は少数であり、あえて条例化する必要もないのではないか、とのご意見も」あったのでそれを尊重し撤回)。
説明が書かれた「立てよ」派のブログです。
その他、三本登・自民などの賛成意見、反対者への手続き論での「もうええやないか論」としての灰垣和美・公明の意見などがあったようです。
また、学習指導要領をも指針として示し、「これまでも式典で檀上などにも掲げ、災害時には半旗を掲げてもきた。」と、まるで水からゆでガエルを仕上げるように徐々に行ってきたのだと言わんばかりに説明をしました。
これについても私は、法を現場に落とし込むには、逐条解説、問答集、規則、通知などが一般的に利用されており、それがないシンプルな法である国旗・国歌法では、法成立に至る政府答弁が法の趣旨を示しており、そこでは
野中広務・官房長官が以下答弁をしている。 
「国旗・国歌を法文化して明確にして、そしてこれが強制じゃなく、強圧じゃなく、学校の場で自然に、そして過去の歴史のゆがめられたところは率直にゆがめられたところとして教育の中にこれが生かされて、そしてそれがこれから我が国の国旗・国歌として定着をしていくように、そして学校現場では、先ほど申し上げましたように、強制的にこれが行われるんじゃなく、それが自然に哲学的にはぐくまれて いく、そういう努力が私は必要ではなかろうかと思うわけでございます。」(1999年8月2日、参議院国旗及び国歌に関する特別委員会会議録)
この趣旨にそぐわないのではないか?
などと問いましたが、「そこは高槻市の判断だ。」と、その判断基準を聞いているのに、禅問答のように堂々巡りが続きます。
そのほかにも様々な角度から問うてみた結果、前述した常時掲揚だけをしてないのであって、これまでも掲揚自体はしてきた、
・2011年成立の府条例・大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例
・他市でも多くがやっている
などとしました。
これを最初から言わなかったのは、「山田が死 んだらお前も死ぬんか?論」で返されるとわかっていたからだとも言い、その期待に添うと、以後がそれを持ち出しませんでした。
長々と対話して推測できたのは、前述した議会での掲揚攻撃と、それへの反対議員の脆弱さ。
2015年統一選挙での反対議員の落選と、ネトウヨ議員の跳躍をもって、学校現場での常時掲揚がなされたとの結論です。
そして4月でなく6月開始となった時期については、6月より実際に掲揚を行う警備会社の入札による入れ替わり時期で、入札条件に掲揚を組み込めるからとの理由が理由となっています。
しかも毎日上げ下げするのではなく、週初めに揚げて、週終わりに下げることを想定しているとか。
ここも役所が掲揚につい て、絶対揚げたいわけでなく、「文句が出ないならどうでも良い」と考えている姿勢が表れています。
先に私はネトウヨ勢力との対話やネトウヨ集会への反対意思表明を示す参加を呼びかけました。
これについて返答がないので、参加されているのかや賛否は不明ですが、ネトウヨ集会で反対者を見たことがないので、参加されてはいないし、なぜ参加しないかの説明もできないのでしょう。
それを非難しませんが、そのような草の根ネトウヨ運動を絶ってこなかった検証はすべきです。
在特会はあまりにも酷いので、多数のカウンターが参集しています。
しかし、ヒノマルを揚げても、実害は示しにくいので、気持ちで反対と思ってはいても、カウンタ ーとして行動を顕在化するほどのことか?と考える人も少なくないはずですし、公道に出す人に対しては先鋭的だとして、自分と切り離すでしょう。
そして反対運動は細分化され、声はますます小さくなっていく。
逆にネトウヨ運動は銭を持っていますから、圧倒的宣伝力と動員で政治をも動かします。
火元は近所で行われている草の根ネトウヨ集会ですよ。
賛同者ばかりが集まって、「残念だったな、でもよくやったんだ我々は。」なる慰めはもうやめませんか?
これは香山リカさんも都知事選終了お疲れさん会のたびにそのように思い、うんざりし、勝つことを考えようよと呼び掛けてもいます。
経営者は銭儲けに血 眼にならざるを得ないので、常に何が効果的かを考えます。
反対運動者の多くは公務員や労働者であり、それを常に考えさせられる存在ではないので、毎度毎度の繰り返しで、失敗しても飯の種がなくなるわけではないので痛痒を感じないのではないでしょうか?
私も個人事業主として、ネトウヨな経営者と接する機会が多いので、銭儲けの手法を世界ネトウヨ計画への落とし込みに使っていると実感し、経営者の会でも抗っています(ですので、非常に嫌がられてますし、仕事も阻害されこそすれ回ってくることはありません)。
ネトウヨに転向すれば、銭儲けができるのは目に見えているので、いよいよ借金で首を吊る時を迎えれば、ネトウヨに表面だけでも転向する予定です 。
「表面だけでも」とは言え、傀儡こそが本体に認められようとさらに過激になるのは常ですので、ネトウヨの象徴となるやもしれません。
このように経済活動とネトウヨ活動を手法や銭儲けでリンクさせる勢力に対してどう抗うのか?
三井三池争議で、全国の労組が集めた銭の10倍の銭で資本家は潰しにかかっています。
ネトウヨ集会に行ったり、ネット上でネトウヨ退治するのが時間の無駄だとか、悠長なことを言うてる場合か!!
できることは何でもやる!!
個人の力は小さいのですから、なりふり構わずやるしかありません。
少なくとも私は賛同者がいようがいまいが、一人でもそ のような小さな相手方への抗いを見せつける手法を試してみたいと思っています。

ヒノマルについてのネトウヨらへの個別授業

Aさん
プロ市民を除いて「賛成」してますよ!!
どこから国旗が戦旗になるのですか? 

大昔に戦旗派という極左がいましたね~

たかひら 正明
そもそもヒノマルを血の丸として、侵略の象徴に使ったことから間違いですな。
ナチ旗は国を象徴する旗ではない。

侵略軍が使った旗を国旗として使い続ける国はどこかにありますか?
米軍が筆頭でしょう。
ならば、あのような世界最大のテロ国家を、日本も宗主国に倣ってその傀儡または奴隷として踏襲すると宣言して使えばよろしい。

それを隠すから整合性がなく、「国旗だ」と強弁するしかなくなるんですよ。

だいたい、地方自治法上もその改正報告も国家と地方自治体は同等(の方向)であり、市は国の下位にあれとは想定していない。

ならば、なぜそのような子 分でもない自治体が、阿って大組織の国家の旗を立てねばならんのか?
旗を立てるなら、大阪府の旗や、広域自治体として組んでいる自治体との連合旗でしょう。

市役所に立てるということは、「ここの自治体は日本国籍しか受け入れん」とのメッセージにつながります。
それを象徴するように、ヒノマル立てよ運動者と、その番犬代わりの政治家をみられよ。
ノーマライゼーションや国民間連帯などを提唱する政治家らと合致しますか?
逆に排斥する側ではないのか?

国の施設にヒノマルを立てるのと、自治体施設や議会に立てるのとはわけが違う。

立てる必然性について説明されよ。

私の知人で 維新押しなBさん
立てても立てなくても良いですが一方的に>
侵略と戦争の旗=「日の丸」はどの様な立場に立っての意見でしょうか。。。(+_+)

たかひら 正明
Bさん、
立てても立てなくても良いですが一方的に>>
>を使うなら、私の言葉を引用してください。
私は引用に>>を使っているのはご承知のはず。
記号等を使うルールのコンセンサスについてまず話し合いますか?
そうしないと自身の言葉と判別がつきません。

侵略と戦争の旗=「日の丸」>>
こんな言葉もここでは使ってませんね。
引用するなら正確に願います。

私の文章は、「ヒノマルを血の丸として、侵略の象徴に使ったことから間違い」です。

何を訊きたいのかよく理解できませんが、ヒノマルは第二次大戦(ここだけの話ではないが、最新の戦争として特化して例示します)で使われていないということですか?
それとも第二次大戦が侵略戦争でないとの意味ですか?
または第二次大戦は戦争ではないとの意味ですか?

前者なら、戦時中の写真を、後者2問なら安倍談話を読み直してからどうぞ。

Bさん
>>侵略と戦争の旗=「日の丸」を
学校に毎日揚げるというのに、正面から説明もしない。

     
この文章を載せた貴方への質問です。
日の丸って国立施設にだけしか立ててはいけないんですか?
どこが立てても良いでしょう。日の丸や自国の戦争だけを目の敵にすることに疑問を持っています。
物事には時代性が有りますよ。

たかひら 正明
学校は国立施設ですか?
生徒に国籍要件はありますか?

以上について説明済みですよ。

法根拠を問う私への高槻市の回答:
 
教育長が専権事項として決済できるので決めた。
(そりゃそうでしょ。 法に基づいて職務遂行してんだから、その上でどんな判断基準化を訊いている)

市役所などの公共施設にも揚がっている。
(たらいまわしでしかない。 よそがやったら自分もやるといった幼稚な回答はご遠慮願いたい。  いずれにしても市長などが決めた根拠があり、それを教育長が吟味して、決済してるんだから、その判断基準となった根拠を提示せよ。)

Aさん
戦時国際法では敵味方を識別するのに「国旗」を使用することは定められていますよ。 
国旗を使用しないと戦争行為ではなく、テロ行為ですね。 
関連事項とし ては、中国の便衣兵が問題視されるのは、民間人の服装をして、戦争行為をしていたので戦闘当事者が識別できないという問題も含んでいると考えられます。
したがって、侵略の象徴として日本国旗を使用したのではなく、国際法に従って掲揚していたと考えるのが普通ではないですか?

たかひら 正明
そもそも日本帝国軍隊は、ハーグ陸戦条約や、戦時傷病者・捕虜・文民の保護に関するジュネーブ条約すら守ってないのに、政治国際法をよくぞ持ち出せるもんですね。

では伺うが、侵略を許している法根拠は何か?

皆様の愛読書である、産経新聞から引用します。
『産経』が毎週日曜日の連載記事「子供たちに伝えたい日本人の近現代史(単行本は「子供たちに伝えたい日本の戦争」)」の中で、

1941年12月8日からの対 英米戦争の目的について、実際の目的は石油を中心とする軍需資源産地の横取りを目指した”自存自衛”の闘いであって、アジアの解放を第1義のものとしたのではない、
と明記しています。

連載59回目(2014年5月25日・東京本社版)の「シンガポール攻略戦」について
記事本文で、戦後の日本国内で『大東亜戦争』という用語の使用をGHQが禁止したのは、

「『大東亜戦争』にアジアの新秩序建設や解放という日本側の『大義名分』を感じ取ったからだ」とし、続けて次のように説明しています。

「当時のアジア、特に東南アジアの大部分は英国、フランス、オランダなど西欧列強や米国の植民地支配下にあった。そのアジアを解放するというのだから、米英などにとって実に都合の悪い『大義名分』だったのだ。

 
確かに開戦後すぐにアジアから欧米勢力を追い出し『解放』した。だが初めから純粋にアジアの解放や独立のため、自国の存亡をかけ戦ったのだろうか。

最大の目的は『石油』だった。当時すでに石油がなければ、近代国家として『自存』することも『自衛』することもできなくなっていた。特に、海軍の場合、石油は命綱だった。

だが日本国内ではほとんど生産できない。蘭印(オランダ領東インド、現インドネシア)など東南アジアに求めようとしたが、逆に米国などにより石油市場から締め出されてしまう。
そこで『自存自衛』のため、米英などに戦争をしかけたというのが実情だった。

そんな戦争目的を胸に、昭和16年12月8日、マレー半島に上陸を 果たした山下奉文中将率いる第25軍はシンガポール目指し、南下を始める」と。
(引用ここまで)

 
引用はこの程度で止めますが、「アジア解放」は純粋かつ実際の目的ではなく、石油などの産地である欧米諸国の植民地の横取り=侵略こそが本来の目的だったのだと、明確に説いていますね。

・便衣兵について
これも産経筋から引用します。

産経新聞が毎週日曜日の連載「子供たちに伝えたい日本人の近現代史」連載48回(2014年3月9日付)より
「戦時国際法のハーグ陸戦法規」という国際ルールにわざわざ言及した上で、「城内外の局地戦で日本軍に捕まり、正当な裁判も経ずに殺された捕虜もいたという」と、記述している。

捕虜やスパイの殺害(処刑)には、裁判での判決が必須条件であると、国際法では定められている。
その国際ルール無視で捕虜を殺害したと逆説的に証明している。

この連載を単独で担当しているのは、皿木喜久(さらきよしひさ)特別記者兼編集委員。
彼は社外の筆者でないどころか、論説委員長も経験済みの記者であり、この連載記事を「産経の意見でない」とは言えまい。

・秦郁彦氏によるもの
南京事件は宣戦布告がなく、正規の戦争ではないので、「ハーグ陸戦法規」は適用されないという異論もあるが、当時の日本陸軍刑法にも 同様の規定があった、との指摘。

産経94年7月1日付、論説委員室によるインタビュー記事より
「実は南京虐殺で一番多いのは、この便衣狩りなんです。便衣は国際法の保護を受けられず、処刑されてもしかたがないのですが、その前に裁判をしなければいけません。それを省略したものですから、不法殺害といわざるをえない」と明言している。

以下、上記ネトウヨ対話をさらに続けたまとめです。

このしつこくやり取りしているB氏とは、何度か会っておりますし、今でも会える関係です。
仕事で言えば、彼は私に許認可業務の仕事を定期的に発注できる立場です。
仕事をくれるはずがないのですが…

B氏と対立して、仕事をもらえないということは、B氏の同業者や関連業者からももらえないということで、仲良くして発注を受けるの と比較すれば1件が10万単位ですので、100万単位での損失です。

私が第三者なら、
「それだけの損をして、何をしているのか?」と叱ります。
現に学生時代からの友人たちには、常にそう言われてます。
「お前、アホか? 何ぼ銭放ってんねん!」と。

B氏は、
「地方自治法に日の丸を立ててはいけないと書いてあるんですか?」
との論理のようです。

こんな主張は、恥ずかしくてしないものだと思っていましたが、する人もいるんですね。

ならば、議会でも行政でも株主総会でも、
「ある物事を変える。 変えてはいけないとの法はないからだ。 変える理由は言わない。 変えられたくなければ、なぜ変えてはいけないかを主張せよ。」
とする運営手法を具体的にどこで行っているのかを提示すればよろしい。

それだけで自分の主張の幼稚さに気付くでしょうと思っていたら、
「僕は基本として世の中に変えてはいけないものなど無いという考えですよ。」との返答。
長々とやり取りして、主題も俺の主張の基礎もわかってなかったんかい!!と驚くほかありません。

私は「変えてはいけない」などと一言も申しておりません。
「変える合理的理由は何だ?」
と尋ねているだけです。

彼の対話の手法としてもう一つの特徴は、「典型的な結果から考えるロジック」です。
目的は自分の決めたケツに落とし込むこと。
そのために都合の悪いものは、事実でも不要だとしてジャンジャン切り落とします。

物つくるんだったら、それでいいかしれんけど、政治や行政、裁判、研究などでそんな後付けから考えて、都合の悪いものは見ないなんて手法通用しません。

彼はこれにも反証ができません。
当たり前です。
議論は積み上げでないと、説明できまへんわ。
 
これが対話の「切り取り」だと言うなら、
「変える合理的理由は何だ?」の一点で仕切り直しましょ。

あえて採録しときますが、「役所だからヒノマル立てよ!」なんて論は、99年の法成立当時に政府から繰り返し否定されてますからね。
政府の見解は、政府としては、今回の法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず・・・って感じの小渕答弁ね。

これへの本筋のB氏からの反論はありません。
枝葉や言葉尻を捉えて、揚げ足取りをすのを議論だとする人がB氏に限らず散見されますが、議論の教育を行わない弊害がよくわかる例ですので、あえて長々と記載しました。

田中学(自民)市議のヒノマル観 日の丸の掲揚に理屈は要りません!!

2016年8月11日のやり取り
田中 がくさんが北村 経夫さんの投稿をわけわけしたで。
若い世代の応援をぜひ頑張って欲しいですね♪
北村 経夫(自民)参議員
2016年8月10日 11:23
日本青年会議所の山本樹育 会頭、青木照護 副会頭(次年度会頭)、西高辻信宏 常任理事がいらっしゃいました。
日本青年会議所の次年度事業、特に教育部門について、作家の北康利さんと共に意見交換いたしました。
たかひら 正明
岸和田議場にヒノマルを要望した組織ですが、岸和田JCの梅田代表と話してもその理由はありませんでした。
法制定前の自民党の議論や、明仁氏ですら強制は望ましくないとしているのに、強制させようとする、謀反の輩ですか?

ボンボンはボンボンらしく、何もせずに飲み会だけをしておればよい。

雄二
昔は、堂々と日の丸が上がっていた「岸和田市役所」はもうないのですか。

たかひら 正明
議会にむりやりJCと日本会議を公言する金子拓矢市議と、在特会系の人たちの催事に参加する自民の岡林憲二市議が結託して、旗を立てたのです。

市役所も市の旗は理解しますが、府の旗も立ってないのに、ヒノマルを立てる理由は何でしょうか?

田中 がく
考え方がひねくれてると思うよ(((^_^;)
たかひら 正明
どうぞ、その「ひねくれ」を理論で説明なさってください。

自民党は国旗・国歌法制定時に国会でどんな議論をしたかご存知ですか?

もう一つ、元号法はご存知ですか?
これも同じく形式だけを決めた法で、施行規則も何もない。
そして自治体書式でも元号は廃止されつつあります。

新聞でもサンケイだけが元号をメインとして、西暦年に()付けしています。
自民機関紙の読売も、自民タニマチ広報紙の㈱日本社内報な日経新聞も。

これとの整合性はどうとるのですか?
しかも自治体の職員番号も西暦を頭につけていませんか?
元号だと同じ番号が出る可能性が あるからですが、それなら昭・平など漢字を使えばいいんです。
そんな番号はいかなる国家資格も、公務員も使ってませんがね。

備品番号も同じく。

雄二
日本の官庁には必ず「日の丸」が掲げられます。
地方自治体によってなぜか考えの違う人がいます。
本来「諸外国」に於いても官庁にはすべて国旗が掲げられてい ます。
揚げる揚げないの問題は、世界常識を鑑みて議論する方がそもそもおかしい話です。
議論ではなく、ここは日本国です。
自国の国旗を揚げるのは当然です。
議論以前の問題です。
田中 がく
私も、雄二さんの意見と同感です。

たかひら 正明
整合性がなく説明できないことをごり押しすることを、「保守の知恵がない」と揶揄しています。

私が自民党員なら、党に「こんな整合性がないことをするな! 有権者にどう説明するのか、党の見解出せ!」と言いますがね。

ちなみに堀口府議(和弘・自民 泉南市議)も、中国がせめて来るなどと妄言を吐きながら、対案を出してあげると遁走にかかっておりますが、学さんが説明してくださってもいいですよ。

安倍ちゃんに「防衛省から民友地として借りている久場・大正島を以前のように射爆場として使い、中国の番犬とした仕事しろと言え!」と言うてあげてください。
閣議決定も何も、電話一本で済みますよ。

田中 がく
日の丸について、自民党から掲揚の要望は、された事も無いですよ!
日本会議からは、有りますが…
たかひら 正明
日本会議は共産党の政治家の巣窟ですか?
名を連ねる政治家の殆どが自民党です。

ならば自民党がそれを諫めない限りは、同じ志向だとなります。

問題なのは、なぜヒノマル掲揚するのかの論理を誰も持っていない事です。
根拠はないけど揚げたいやん、といった理屈は昼飯選びだけにしてもらいたい。

政治家なんですから、その理由を説明し、議論すべきです。

田中 がく
日の丸の掲揚に理屈は要りません!!
オリンピックでも、あげてるでしょ!
じゃあ何故、あげるのがダメなのか根拠が有りますか?
そんな事に対してメクジラヲ立てて文句を言うより、しっかりと次の選挙で当選して頑張って下さいね!
たかひら 正明
掲揚は無を有にする事実行為です。
ならば先ずは行う側が、行う根拠を提示すべきでしょう。

貝塚市は国の僕なんですか?
かわいそうですね。

安倍ちゃんですら、地方分権を進め、国と自治体は上下関係にあるとは言えないし、そのように施策遂行しているのに、なぜ僕だと腹を見せたがるのでしょうか?

安倍奴隷特有の奴隷根性ですか?
昔の自民党は喧々諤々議論したはずですがね。

他所がやるから自分もやる?
日本だけが特殊である例を挙げましょう。

なら先進国で死刑存置は日本だけ(米も廃止・停止州の方が多い)ですが、なぜ存置してるんですか?

先進国で起訴前に20日以上も勾留して、弁護士もつけずに調べを行う国は日本以外にありますか?

米一国だけに安全保障を丸投げしてる国はなく、近隣諸国とアライアンスを結んでいるんですが、なぜ日本は東アジア諸国と決別して、米にだけ隷属してるんですか?

首都圏の制空権を他国の軍医明け渡している国など、日本以外にありませんが。

犯罪を犯した米兵をできるだけ起訴しないとか、賠償を米でなく自国の税でする とかなどの屈辱的地位協定は、どこの国が結んでいるのでしょうか?

世界常識に沿ってないのは日本ではないのですか?

米での星条旗掲揚の場面でも私は立ちませんが、「立て」と言われたことなどありません。
どの場面でも周囲は立ってる人が多かったですが。

連邦最高裁は、国旗を焼く自由を認めています。

日本の判断や政府与党政治家の学さんの意見は、宗主国の米とも違いますね。
しかも米は旗を統一の象徴としないと国家がバラバラになる超多民族国家ですよ。

日本は、過去の自民党議員の発言から引けば、単一民族国家なんでしょ?
多民族国家でも圧倒的に黄色人種が多く、幸か不幸か見わけもつきにくいので旗にユナイトする必要がないですね。

「山田が死んだらお前も死ぬんか?」と私が言う以前に、論理破綻してませんか?

日本会議系に浸食される岸和田市議会

全国地方議会で、ヒノマル掲揚を日本会議系が推進している。

岸和田市議会でも2016年からヒノマルが飾られるようになった。

不思議なのは、議会に最も密接な関係にある貝塚市など近隣自治体旗も、大阪府旗もないのに、なぜかそれらよりも縁遠い国旗だけを重用したがる点だ。

地方分権であるから、法律上では既に国家→府県→市町村なんて上下関係はないし、指導権限もない(法定受託事務にはあるが、自治事務はもちろんない)。

議会自らが、市役所は国家の僕であるとの恥ずかしい手下認識をもっていて、そこの市民にとって、自治施策なんか審議できるのか、

また、日本国籍者以外は出て行けとのメッセージなのか、といぶかるしかない。

岸和田市では、自民党員の信貴市長与党を公言する、日本共産党と考えが異なるのに共産を名乗る会派だけが、この議案だけは日本共産党に忠誠を誓って反対したようだが、キッチリ熟議したんかいな?

市議会は国の機関ではないていうのは私と同意見だが、教育現場の話をするなら、ヒノキミ不起立で処分された教員と共闘しなさいよ。
共産党を、私も何度か通った運動の現場で見たことがないし、当事者たちからも共産党の話は聞かんのだけどね。
資金バックアップでもしてるんかね?
それにしては、議員らが、当事者教員の名前を全然知らんのは不思議だね。
岸和田市議会にヒノマル設置がなされた原因はコレ↓
公益社団法人岸和田青年会議所さんが2016年3月4日 の11:00の写真2件を追加しました
2016年3月4日 の11:00 ・ 大阪府 岸和田市

3月4日(金)岸和田市議会への請願がとおりました!!

我々が岸和田市議会に対して、「議場に日章旗を掲げてほしい」旨の請願を行った件で、岸和田市議会において審議、採決がなされました。朝から大勢の傍聴者が駆けつけ、傍聴席は程なく満席になりました。

反対討論が日本共産党の中井良介議員よりなされ、賛成討論が自民クラブの岡林憲二議員、刷新クラブの金子拓矢議員よりなされ、採決の結果、日本共産党以外全員の賛成で可決しました。

市の最高意思決定機関である市議会議場に、我が国の国旗を掲げることは当然のことです。しかし、これまでなかなか実現しなかったのが現実です。青年会議所らしい行動力で成し遂げた、胸を張れる成果だと考えています。

我々岸和田青年会議所は、梅田俊秀理事長を中心に、これからも社会を変えていく「一滴」を落とし続けていきたいです!

岸和田青年会議所.jpg
JC陳情を受けたのは、日本会議構成員を公言する金子拓矢市議と、在特会系の人たちの催事に参加する自民の岡林憲二市議。
彼らが結託して、旗を立てたのです。
岸和田議場にヒノマルを要望した組織として、岸和田JCの梅田代表と話しましたが、理由の説明はありませんでした。
何も考えずに祭りのノリで、議場を土足で踏みにじるため組織じゃないでしょ?
経済団体なら、それらしく、岸和田市の経済活性化政策で汗をかけばよいのであって、思想も学びもないのに、ネトウヨごっこはおよしなさい。
法制定前の自民党の議論や、明仁氏ですら強制は望ましくないとしているのに、強制させようとする、謀反の輩と自認・公言しないなら、ボンボンはボンボンらしく、何もせずに飲み会だけをしておればよい。
また、金子・岡林氏共々自覚をもって、名刺にでも“国家のイヌ”と記載しておきなさい。

教員へのヒノキミ処分訴訟では、
最高裁第3小法廷は、2016年5月31日付で、2007年「君が代」不起立停職6月処分取り消しを認めています。
都教委は「君が代」不起立者を分限免職に持っていこうとも考えてきた向きがありますが、それも行うことはできなくなりました。
 
大阪府教委は2回目の不起立をした教員に「次に職務命令違反を行えば免職もあり得る」と記した「警告書」を渡しましたが、判決は「警告を与えることは」だめだと判じています。
「同一の職務命令違反3回で免職」(府条例)は破たんしたも同じです。その点で、実に安堵しました。

そもそもヒノマルを血の丸として、侵略の象徴に使ったことから間違いですな。
ドイツはナチ旗を撤廃し、現在でも掲げることは法律で禁じられているし、そもそもナチ旗はアドルフ=ヒトラー及び国家社会主義ドイツ労働者党の旗で、国家を象徴する旗ではない。

日本のように侵略軍が使った旗を国旗として使い続ける国はほかにどこがあるでしょうか?
米軍が筆頭でしょう。
ならば、あのような世界最大のテロ国家を、日本も宗主国に倣ってその傀儡または奴隷として踏襲すると宣言して使えばよろしい。

それを隠すから整合性がなく、「国旗だ」と強弁するしかなくなるんですよ。

市役所に立てるということは、「ここの自治体は日本国籍しか受け入れん」とのメッセージにつながります。
それを象徴するように、ヒノマル立てよ運動者と、その番犬代わりの政治家をみられよ。
ノーマライゼーションや国民間連帯などを提唱する政治家らと合致しますか?
逆に排斥する側ではないのか?

国の施設にヒノマルを立てるのと、自治体施設や議会に立てるのとはわけが違う。
立てる必然性について説明できるなら、伺いたいので、せめて野中氏や明仁氏の言葉との齟齬について、コメント戴きたいね。

議場についてではないが、学校に立てだした高槻市に対して、法根拠を問うてみたらこんな回答:
 教育長が専権事項として決済できるので決めた。
(そりゃそうでしょ。 法に基づいて職務遂行してんだから、その上でどんな判断基準化を訊いている)

市役所などの公共施設にも揚がっている。
(たらいまわしでしかない。 よそがやったら自分もやるといった幼稚な回答はご遠慮願いたい。  いずれにしても市長などが決めた根拠があり、それを教育長が吟味して、決済してるんだから、その判断基準となった根拠を提示せよ。)
として、調べるから時間をくれと言われ、待ったが、結局明快な回答はできなかった。

そんな行政でも回答できるはずもないのに、当時は泉大津市でも行動する保守ならぬトンズラするネトウヨな南出市議がはしゃいでいた。

南出 賢一さん
10月1日 の0:22
議会最終日だった本日、泉大津青年会議所とライオンズクラブの請願で、議場における国旗と市旗の掲揚が賛成多数で採決されました。
議会内部だけでは進まなかった案件がようやく動きました。

1年前、どんな空気管だったか、他の出来事も残しておく
さすがネトウヨの番犬、馳先輩!
東京新聞:国歌斉唱なしに文科相「恥ずかしい」 憲法学者、発言撤回求め声明:東京新聞(TOKYO Web)
2016-03-15 07:59
より
入学式や卒業式で国歌斉唱しない方針を示した岐阜大学学長を「恥ずかしい」と批判した馳浩文部科学相の発言をめぐり、憲法学者七人が十四日、東京・永田町の参院議員会館で会見し、「発言は学問の自由を保障した憲法二三条の趣旨に違反する」として、撤回を求める声明を発表した。

声明は、学問の自由を制度的に保障するのが大学の自治とした上で、「憲法の通説は、政治権力は大学の自治に介入してはならないと考えている」と指摘。九十六人の憲法学者が賛同者に名を連ねる。

武蔵野美術大の志田陽子教授は会見で「かつてナチスが美術、音楽、映画を統制し国の方針とそぐわないものをおとしめるレッテルを貼った。馳文科相の発言はそれと同じ」と批判。日体大の清水雅彦教授は「憲法二三条を分かっていない人が文科相であることはおかしい」と訴えた。

研究室に日の丸を飾り、大相撲の千秋楽で一緒に国歌斉唱するという群馬大の藤井正希(まさき)准教授は「それでも国旗、国歌は国に強制されるべきものではない。十八歳選挙権の時代だからこそ、学生の自主的判断を尊重すべきだ」と述べた。

岐阜大の森脇久隆学長が二月十七日の定例会見で、卒業式などで国歌斉唱しない方針を示すと、馳文科相はその後の会見で「国立大学として、ちょっと恥ずかしい」などと批判した。
(たかひら注:
当時、当たり前だが、学者は大抗議をしている)
もう一件。
政府がオスプレイを米価格の倍額で購入するためのアリバイとして、救援物資を無駄にオスプレイを使って、運んでいる。
自衛隊、米軍のアピールでしかない。
この物資搬送で日本が購入したオスプレイを使わないのは、操縦が満足にできないからだ。
使う必要がないものを、無理矢理使い、デモンストレーションをするなら、早く避難民に食料や生活物資を 配布するべきだ。

指定外の場所に集まっている避難所に入りきれない人々に救援物資は届いていない場合がある。

私も3.11時はそのような小規模避難所に救援物資を配り歩く人に物資を送ったりした。
そのように見つけられない避難者は、高齢や障がいのある弱者である場合が多い。
これこそ優先的に解決しなければならない課題であったはずで、おもちゃでなく、そこに人手や予算を向けていれば、目を向けていれば、震災関連死などの被害も減ったのではないか?

熊本地震:オスプレイ物資搬送 「政治利用」の声も – 毎日新聞
4月19日 03時28分
http://mainichi.jp/articles/20160419/k00/00m/040/083000c
より抜粋
オスプレイは陸上自衛隊の輸送ヘリCH47より航続距離や速度は上回るが、搭載できる空間が狭く容積は半分ほど。

比較的軽い生活物資ならばCH47の方が一度で多くの物資を運べる。
オスプレイは着陸時に巻き上げる風が強いため、2015年のネパール大地震で住宅の屋根が破損したとの報道もあった。
この日は白水運動公園にオスプレイが着陸する前、砂が巻き上がるのを防ぐためか自衛隊車両が散水していた。
参考:岸和田市議会での議場へのヒノマル掲揚審議
中井良介(共産党)の反対意見、
2016年03月04日:平成28年第1回定例会(本会議 第2日目) 本文
http://www.db-search.com/kishiwada-c/index.php/9018629?Template=doc-one-frame&VoiceType=OneHit&DocumentID=203
より

8:◯23番 中井良介議員
発言のお許しをいただきましたので、日本共産党議員団を代表して反対討論を行います。
請願者は、「平成11年8月、「国旗及び国歌に関する法律」が施行され、我が国も自国の象徴である国旗に対して誇りと敬意をもって接するという、世界の常識を手にすることができました。」と述べておられますので、私の討論も国旗国歌法の成立から始めたいと思います。
国旗、国歌という大変大事なものでありますが、我が国ではこのことを国民の間で公然と議論することはこれまでありませんでした。何か口にするのがはばかれるタブーのようなものがマスコミなどにもあったと思います。


例外はありました。学校現場では、卒業式が近づくと毎年、日の丸、「君が代」の扱いについて議論が行われてきました。私も以前、重苦しい議論を経験してきました。教育の大綱にすぎない学習指導要領によって、教育現場に日の丸、「君が代」が持ち込まれていたからです。

それが、平成11年の初めごろから日の丸、「君が代」がマスコミにあらわれるようになりました。きっかけは、ある新聞社が発行する雑誌が政党や報道機関に日の丸、「君が代」をどう扱っているか、またどう考えているかのアンケートを行ったことです。この報道を機に、日の丸、「君が代」がマスコミで取り上げられ、国旗、国歌が法律で決められていないことを初めて知った国民がかなりいたことも報ぜられました。

政府は当初、法制化に消極的でした。日の丸、「君が代」が国旗、国歌として国民に定着している、国際的にも認知されているというのがその理由でした。法制化のために国会で審議すれば国民の関心が高まり、議論が起こります。政府はそれを避けたかったのでしょう。

ところが、その年の2月28日、広島の県立高校の校長先生が卒業式の前日に自殺をするという痛ましい事件が起こりました。法的な根拠もないのに教育現場に押しつけていいのかという当然の声が上がりました。政府は法制化に方向転換しました。

各新聞社は社説で取り上げ、投書を掲載し、テレビで解説番組が報道され、世論調査が行われました。例えば平成11年3月のフジテレビの世論調査では、日の丸の法制化に賛成は46%、反対が18%、賛成が多いのですが過半数には行きません。「君が代」の法制化には、賛成34%、反対38%で反対意見が多いのです。国民の間で意見が分かれています。

実際、日の丸、「君が代」に対する国民の感情は複雑です。日の丸が当時の陸海軍の旗と定めた太政官布告が明治3年、その後の日本の侵略戦争のシンボルとなったのは歴史の事実です。「君が代」は、『古今和歌集』に読み人知らずの元歌があって、家の長老の長寿を祝う歌ですが、明治になってメロディーがつけられ、明治33年の小学校令で学校の儀式で斉唱することを義務づけました。明治憲法のもとで天皇の御世が永遠に栄えるようにと子どもたちに教え込まれました。

この歌が国民主権の現在の日本の国歌としてふさわしいか、疑問を持つ国民が多いのも当然ではないでしょうか。日本が戦争をしていた当時の同盟国ドイツ、イタリアとも、そのときの国旗は廃棄しています。

政府は6月に法案を提出し、8月に可決しました。成立した法は、「第一条 国旗は、日章旗とする。2 日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。第二条 国歌は、君が代とする。2 君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。」これが法律の全文です。
国会審議の中で当時の小渕首相は、「今回の法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず、したがって、国民の生活に何らの影響や変化が生ずることとはならないと考えている旨を明らかにしたものであります。」と述べ、さらにまた、「法制化に伴い国旗に対する尊重規定や侮辱罪を創設することは考えておりません。」と述べています。

また別の大臣は、「国民に対しましては、例えば法律によって国旗の掲揚とか国歌の斉唱を義務づけるべきであるとか尊重責任を詳細に入れるべきであるとか、こういったご議論もあるわけでございますけれども、基本的には思想及び良心の自由、すなわち憲法第19条にあります関係等を十分に踏まえて対処していかなくてはならない問題であると思うわけであります。」と答弁しています。

事柄は明白です。法制化によって、国は日の丸、「君が代」を扱う法的根拠を得たこと、このことです。そして、国旗、国歌と国民との関係は、国旗の掲揚や国歌の斉唱を義務づけられたり尊重することを求められたりせず、思想・良心の自由に属するものであるということです。これは他の先進国でも同様であり、近代民主主義国にとっては常識のことであります。

教育現場での国旗、国歌の取り扱いについてもこの当時の国会で議論されていますが、子どもの内心の自由の尊重が政府の答弁で繰り返されました。先進国の中で学校に国旗、国歌を押しつけている国は一つもありません。

さて、議場に国旗掲揚を求める請願についてですが、言うまでもなく市議会は、国の機関ではなく、岸和田の地方自治を推進する役目を持つ市民の代表の場です。議場の国旗に対してさまざまな感情を抱く議員や傍聴する市民の内心に影響を与えるおそれがあります。
内心の自由、思想・良心の自由や信教の自由についてさらに申し上げれば、「この自由の保障は絶対的であって、法律によって奪い得ぬはもちろん、公共の福祉の名をかりてこの自由を制限することは許されない」と憲法の研究者は述べています。この請願も憲法で保障された権利を行使したものですが、内心の自由を制限するおそれのある請願は、本来控えるべきものであります。内心の自由にかかわる事柄を多数で押し切ることは、あってはならないことです。

しかも、議場に国旗を掲揚するかどうかは、議会運営にかかわる事項でもあります。議会運営については、当然のことですが、全会派で議論を重ねて合意しながら進めてきたものです。それを今回のようにたった1回の議論で決着をつけるというのは、これまでの議会運営にもとるものです。本来、このような形で議案として出されるべきではないものが議案として審議されている今、手続としてはこれを否決し、改めて議会内で議論を続けていくことを呼びかけるものです。

以上を申し上げ、私の反対討論を終わります。満堂のご賛同をお願いします。ご清聴ありがとうございました。

10:◯17番 岡林憲二議員
発言のお許しをいただきましたので、公益社団法人岸和田青年会議所から提出されました市議会議場における国旗掲揚についての請願に対し、私から意見を述べさせていただきます。


国旗は国を象徴するものであり、どの国でも国家の重要な行事や式典において国旗を掲揚し、国歌を演奏します。自国、他国を問わず、国旗、国歌を大切にすることは国際儀礼であり、国際社会における基本的なマナーでもあります。
また、平成11年8月13日に施行された国旗及び国歌に関する法律により、それまで慣習法として定着してきた日の丸も、改めて国旗であると法律で定められました。

自国の国旗に敬意と誇りを持つことは、言うまでもなく世界の常識です。国旗は自国を象徴するものであり、国家にとって重要なものとして国民の意識と生活に根づいています。我が国における文化的行事や教育現場での式典の際はもちろんのこと、国際政治の場においても、国家の象徴として日の丸はごく自然に掲揚されており、岸和田市役所の庁舎にも掲揚されております。

また、オリンピックなどの国際的なスポーツ大会に出場する選手は、日の丸を背負うことに誇りと責任を感じて世界を相手に戦っています。私たちはその姿に感動を覚えるとともに、スポーツ大会の会場では多くの日本人が日の丸の旗を振って選手を応援しており、日の丸は我々日本人にとって身近なものとして定着しています。

日本国民として誇りを感じ、国民としての義務を果たすことを改めて自覚するとともに、日本国民として国土やふるさとに誇りと愛着を持たなければ、国や市をより発展させることはできないと考えます。

同時に、他国の国旗、国歌に敬意を払うことは、相手の国や国民に敬意を払うことにつながり、進行するグローバル社会においては必須の国際的儀礼であり、基本的マナーです。

来る2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催され、特に将来の担い手である市内の若者が今後ますます国際化する世界で我が国に誇りを持ち、他国の国旗を尊重する国際感覚を養うことは、極めて大切な課題であると言えます。

教育基本法にも、国と郷土を愛する態度を養うことという文言が盛り込まれています。また、日本国憲法、地方自治法に基づき設置されている市議会は、法を敬い、法律を守るということが強く求められるべきところであるとともに、岸和田市にふさわしい青少年の育成のため、ひいては本市のさらなる発展のため、市政執行部と住民の代表である市議会議員が一堂に会する本会議場に早急に国旗を掲揚することを願いつつ、今回、岸和田青年会議所から提出された市議会議場における国旗掲揚についての請願に対し賛成をさせていただき、私からの討論とさせていただきます。

12:◯2番 金子拓矢議員
議長より許可をいただきましたので、請願第1号市議会議場における国旗掲揚について、賛成討論をいたします。


平成11年8月13日、「国旗は、日章旗とする。」と国旗及び国歌に関する法律が公布され、即日施行されました。それから16年以上たった今日に至ってもなお、この場には国旗が掲揚されておりません。

国旗は、国歌と同様に、世界のあらゆる国でその国の象徴として大切に扱われているものであり、国家にとってはなくてはならないものです。いかに大切なものであるかは、国旗を冒涜した者には処罰を科すとする法が世界各国で存在することによっても裏打ちされています。

昨今、急速に国際化が進み、その波は本市のような地方都市にも及んでいます。世界とともに生きていくには、異国の多様な価値観や文化を理解しなければなりません。そのためには、国際社会で必要とされるマナーを身につけなければなりませんが、国旗尊重の姿勢はまさにその一つであり、いわば個々の思想やイデオロギーとは関係のない世界の共通常識です。また、国旗尊重の姿勢とは、すなわち正しく掲揚されることにほかなりません。

日章旗が国旗としてふさわしくないという議論があることも承知していますが、憲法第41条で定めるとおり、国の唯一の立法機関である国会での議決を経て、日章旗が国旗であると定められた以上、我々は広く市民から選ばれた代表である点を鑑みると、法の指示するところを尊重する高い社会規範意識で公務に臨む必要があり、我々議員自身が運営する市政の最高意思決定の場である議場には国旗を掲揚してしかるべきだと考えます。

事実、本年1月の調査結果では、大阪府内の全てに当たる43の議場において国旗掲揚していないのは、本市も含めわずか4市だけであり、ほとんどの自治体で議場での国旗掲揚の必要性を認めています。

明文法制定のはるか以前より慣習法として日章旗は国旗として定着しています。その長い歴史の間には、躍動した輝かしい時代もあり、また戦争という暗たんたる時代もありました。我が国がさきの大戦において戦場となった地域の人々にはかり知れない損害と苦痛を与えたことは、昨年8月14日に発表された内閣総理大臣談話、いわゆる70年談話でも認めるところです。

しかし、同じ旗のもと、戦後70年の長きにわたり地域の平和と繁栄のために尽くしてきたことも事実。また、さきの大戦で戦禍をこうむった方の中には、日章旗は戦争を連想させる旗だとする方もいますが、一方で、祖国の行く末を案じて戦地に一身を投じ、家族の幸せを願いながら一命をささげた軍人の遺族にとっては、とうとい犠牲の上に成り立つ現在の平和を考えたとき、戦没者とのつながりを感じられる旗でもあり、かく言う私も軍人遺族の家庭に生まれる者でございます。

物事というのは、人それぞれの立場や時代等によって角度がつき、感じ方や捉え方が変わるものですが、国旗とは本来、国の成り立ちや歴史、文化、その全てを含む国そのものを象徴するものであり、ある立場やある時代のみを象徴するものではないと考えます。

最後に、本市市議会は、国に比すれば小さな自治体の小さな議会ではありますが、我々の活動は国政という大河につながる一滴ではありたいという考えのもと、これからは常に議場に国旗を掲げ、一地方にありながらも国家とのつながりを意識した議会活動が皆様方とともにできることを切に願い、請願第1号の賛成討論といたします。
ご清聴ありがとうございました。

自衛官を持ち上げているようで、自分とは無関係に自衛官を都合よく使えば良いと考える御仁たち

前回の都合よく自衛官を捨て石に使おうって輩の続き。
1年前の投稿だが、こんなのを見ていると本当に腹立たしい!
理之→報道されない事実への投稿
2016年4月19日 の19:50
コレを観ても、自衛隊は「人殺し集団」だと胸張って言えるのか!
支援せずに、デモ。
支援募金と見せかけて、自らの団体の活動資金を蓄える。
そんなに人心を不安に陥れて楽しいのか!
理之氏が指しているコレとは産経記事を指す。
元記事は消えているが、内容だけ巻末に転載しておく。
で、このコメントに対して書き込むとネトウヨが釣れたので、その対話を転載。
たかひら 正明

毎度毎度、面白い論が出るな。
組織として武器を持つ以上、殺人が最終目的であろことは、否定できない。

被災地支援はあくまでも副業で、現職士官らに訊いても、「被災地支援している時にドンパチ始まれば、被災地を放置してそちらに行くしか選択肢はない。」としか答えは返ってこない。

 

防衛相が公式見解で、被災地支援とドンパチが同時に起こった場合、いずれかを優先すると回答した例はあるのか?

殺人集団にしたくなければ、救助専門部隊とするか、別仕立てするしかない。

そして他国との緊張を煽って不安にしているのは、ネトウヨだとも指摘しておく。

敏裕
たかひらさん、武器は殺人のために持つのじゃないですよ。

国を守るためです。

災害救助も国防も重大な任務です。

人それぞれ色々な意見がありましょうが、少なくとも彼らを「殺人集団」呼ばわりするのは止めて欲しいです。

とても不愉快な気持ちになります。

たかひら 正明
敏裕 さん、
武器は殺人のために持つのじゃない>>

では何のために使用するのか?
現に熊本でマシンガンでも艦砲射撃でも使って、実演願います。

災害救助も国防も重大な任務です。>>
そりゃそうでしょう。
海猿などが行けない現場は、全て最終的に自衛隊に回ってくるのですから。
しかし、自衛隊は救助や復興のための組織ではありません。
 
だからこそ、現場自衛官から「災害救助に来ていても、ドンパチが始まれば、組織はそちらを優先する。 それが理不尽だとしても上官命令には逆らえません。」との言質を何度も引き出して、提示しているのです。

どうぞ、防衛省の反論をお待ちします。

浩造
たかひらさん、貴方の反論それがすでに自衛権なのです、危害を加えられたらやり返す、やり返さなくては頭にのり、更にやる、それがいじめの実態と同じ、手を出したらやり返される姿勢を持つことでいじめもなくなるのです、貴方が外出するときに家に鍵を掛ける、これも自衛権、開けっ放しで行けばどうなるか考えて見なさい。

ついでに言っておきますが、自衛隊は頭を衝撃から守る、手のようなもの、食事もするし殴られないように防御もする、災害救助に限定する手なんて存在しない、貴方の手はなんに使うのか考えて回答しなさい。

たかひら 正明

浩造さん、  

ヒジュラ法の具現化賛同主義ですか?
弱肉強食は、サバンナだけにしてもらいたいですね。

お示しの論では、法は不要となりますね。
武器の話をしてるんだから、武器の使用意図についてどうぞ反論ください。

Kenji
①災害時でも敵国の侵略を受けることはありうる
②敵の攻撃は場合によっては民間人に及ぶ(具体例:北朝鮮の軍による日本人拉致、その途中で邪魔になった者の殺害)
③敵の攻撃を武器で以て阻止することが民間人の人命救助に一致する。

軍事活動がそのまま日本人の生命保護、安全確保に繋がる。

大きな括りで救助活動である。

たかひら 正明

武器使用が救助だって?

被災地でユンボ使わず、機関銃でもぶっ放せばよい。

ランボーか?

で、熊本を放置して、尖閣に向かうような救助活動を、日本では賛美するんかね?

間違いなく、「救助を先にしろ! ドンパチは米軍にさせろ!」と言うでしょうな。

しかも、米軍はオバマ訪日時にハッキリと「自衛隊が米軍より先に行かんかい!」と言うてるけどね。

米軍を北方領土や竹島奪還に行かせてから、安保を叫べばどうかしら?

こんな程度に法の矛盾などすら理解せず、都合よく自衛隊を使えば、自衛官の現場オペレーションに支障をきたす。
災害時に救助を放置して、日本海側の戦地へ向かえば、後に必ず自衛隊バッシングは起きる。
その時、このコメント主たちは自衛隊を擁護するか?
私はバッシングに向かうだろうと予想する。
なぜならば、自衛隊の行動についての法的根拠などが脆弱で、感情を基軸に考えているからだ。
こんな感情論で、現場が持てはやされたりバッシングを受ければ、隊員たちはたまったものではない。
当然、感情論でしかものを考えないので、少数が戦死すれば英霊だの軍神だのと祀り立てるが、障がいを負って多数の隊員が、自衛隊で働けなくなり社会が受け止めねばならなくなり、税補助や補償で生活せざるを得なくなると、途端に自己責任にしてバッシングしまくるはずだ。
そうでないなら、福島から自主避難している人たちに対して、どうしてこのように社会が冷たいのか?
このコメント主たちや同じ考えを持つ多数の人たちが、どのように避難者たちとつながっているのかを、示してほしい。
大阪であれば、せめて有名になっている原発賠償関西訴訟原告団代表の森松明希子さんぐらいは知ってるんだろうね?
感情で「被災地に思いを寄せる」とか「頑張れ東北」などと言っているならば、自分の居住地で声をあげている、しかもあれだけニュースに出ている彼女を知らんというのもおかしな話だが、各地でお話をしてくれているので、是非聞きに行きにいった上で、被災地の事を話しなさいよ。
TVだけ見て、日赤の募金箱にコインを入れた程度で、「被災地に思いを寄せる」なんて声高に言うんじゃないよ!
【写真とメールが物語る 黙して語らぬ自衛隊員の姿】
産経新聞 2011/03/27 21:05
 より
 東日本大震災での自衛隊による被災者支援活動は「最後の砦(とりで)」である。隊員はその重みを感じながら黙々と働くが、肉体的、精神的疲労は日ごとに増す。身内に犠牲が出てもわが身を顧みず、被災地にとどまる隊員も多い。実績を声高に誇ることもなく、黙して語らぬ隊員の思いと労苦を隊員同士のメールや写真から検証した。(半沢尚久、《》はメールの文面、写真は陸上自衛隊提供)
 
■車座で痛みを共有
 《海には数メートルおきにご遺体が浮いている》
 《幼い亡骸(なきがら)を目にすると、わが子とダブってたまらない》
 地震に津波の被害が重なった大震災。遺体収容も自衛隊の重要な任務のひとつで27日までに4150体を収容した。写真は宮城県山元町で冷たい水に膝までつかりながら遺体を囲み手を合わせる隊員を写し出す。
イメージ 1
  日常的に遺体を扱う警察官と違い、慣れているわけではない。とりわけ、海に流された遺体と対面するのはつらい作業だという。
《流木にはさまれ、両手をあげていた。最後まで救助を信じていたように…》
凄惨(せいさん)な現場は、隊員の心を消耗させ、無力感さえ抱かせかねない。そのために陸上自衛隊はメンタルヘルスを重視し、夜ごと隊員を10人ほどの班に分け、車座になって一日を振り返る時間をつくった。陸自隊員は「仲間と苦しみ、痛みを共有できれば気力がわいてくる」と打ち明ける。

■被災者支援が第一
《自宅が全壊、家族も行方不明という隊員が普通に働いている。かけてあげる言葉がみつからない》
身内に被害が出た隊員も被災者支援を続ける。
《被災地に来て12日目。風呂はまだ1回しか入れていない》《毎日、乾パンや缶メシと水だけ》
炊き出しで温かい汁ものの食事を被災者に提供しても隊員が口にするのは冷たいものばかりだ。写真は岩手県山田町でわずかな休憩時間に狭いトラックの中で膝詰めになり、冷えたままの缶詰の食料を口に運ぶ隊員を写す。

イメージ 2
 22カ所で入浴支援も行っているが、汗と泥にまみれた隊員は入浴もままならない。「わが身は顧みず、何ごとも被災者第一」の方針を貫く。
兵たんや偵察といった自衛隊ならではのノウハウを生かし、役割も増している。集積所によっては滞りがちだった物資輸送の効率化に向け、自治体や運送会社を束ねるシステムを立ち上げた。孤立地域のニーズをきめ細かく把握する「御用聞き任務」も始めた。
《被災者の心細さを考えたら…。がんばる》

■米軍支援も引き出す
宮城県多賀城市の多賀城駐屯地では整然と並んだ陸自車両のタイヤが水に埋まった。車体には「災害派遣」の垂れ幕。地震発生を受け、出動しようと矢先を津波にのまれたのだ。いかに迅速に出動態勢をとるか。そんな訓練が徹底されている証しでもある。
大規模支援を買って出た米軍を鼓舞させたのも、そんな自衛隊員の姿だった。
《米軍は初めは様子見だったが、自衛隊が命をかけて任務を遂行するさまを見て本気になった》
東京電力福島第1原子力発電所では被曝(ひばく)の恐怖に臆することもない。17日からの放水活動の口火を切ったのも自衛隊だった。直後に米軍が放射能被害管理などを専門とする部隊約450人の派遣準備に入ったと表明したのは、米側が自衛隊の「本気度」を確信したからだといわれる。
ある隊員からこんなメールが届いた。
《自衛隊にしかできないなら、危険を冒してでも黙々とやる》
《国民を守る最後の砦。それが、われわれの思いだ》

きょうも自衛隊員は被災者のそばにいる。