違法のデパート、維新な永野親子の消防法がナンボのもんじゃい!

税金不動産王こと、永野孝男・元維新府議の税金による蓄財については、これまでも紹介してきた。
ここであえて私は、増殖しまくりながら稼働している岸和田学園の施設については触れずにいる。
生活している児童の様子も話には聞くが、施設を建設する際にもうるさ型の住民は説明会に呼ばなかったり、施設を建てるのに、運動場や畑などと偽って建設したりしたりしている話を、近隣住民から聞き及ぶうち、児童に目が行き届かないのではないかと推測する事案も耳にしている。
近隣住民は、施設内の生活を見ているわけではない。
その中で漏れ聞こえるということは、外部にわかるような事案があるということだ。
これを受けて、私は永野耕平(維新)府議には、「蓄財オヤジは、子どものことなど眼もくれてないだろう。 それは彼の同級生らからも、子どもの時の施設内で生活している子と永野3兄弟の生活との差でも明らかだ。 そんなオヤジに言うてもせんないだけなので、早く代替わりして、あなたが蓄財の分を子どもたちの生活に回すようにしてくれ。 オヤジが施設の子より恵まれまくった生活をしていないと言うなら言うてくれ。 私のネタ元は、名前を出して、『直接永野に言うたる』と言うているのでね」と告げている。
給食だけが一日の飯だった話、遠足でのおにぎりと重箱の弁当の違い、冬でもアカギレをつくりつつ、アサブラを履かされていた子と革靴の違いなど、子ども時代を懐かしむように、同級生の話を聞きに行く道筋をつけよう。
そして、前田将臣(維新)市議にも「私にバッチがついたら、学園内に泊まり込んで、子どもたちがどんな生活をしているかを見せてもらう」とも予告している。
職員も若手が多いようだが、ベテランがいないからこそ子どもたちと生活する知恵が蓄積されないのではないのか?
これは、同じく若手ばかりで経験則や知恵の承継がなされていないのは、維新の党式か?
人員配置もどうなっているのかね?
学校などとの連携ができているかしら?
これらも近隣住民などから漏れ伝わってくる話であり、このような話を払拭すれば、「さすが永野家!」と私もブログに書くし、近隣住民の不安もなくなるだろうから、そのお手伝いをしたい。
そんな永野孝雄氏自身の噂もまた芳しくないが、裏取りができないようなことを書くつもりはない。
新聞記事から引くことにしよう。
永野消防法違反.JPG
2016.1.17付 朝日新聞
丁度2年前の記事だ。
これを岸和田消防署に訊くと、「消防法はよく変わるので、指導は日常茶飯事」だと、永野氏を庇った。
しかし、こんな指摘を受けてから6年半、指導書3回+警告書+罰則付きの命令書も無視し続けるような事案が、岸和田消防署管内で日常茶飯事であるなら、岸和田市内の建物の防火体制や、それをどこまで目こぼししているのか?と、総務省消防庁から厳しく追求されかねない事案だ。
しかも耕平・副園長氏は、この時府議だから、元府議のオヤジ&現不義の息子が揃って、子どもの生活する施設の防火はおざなりの違法状態を放置し続けて良いと、開き直っていたと言える。
丁度23年前、阪神淡路大震災で、大阪も大きく揺れた。
その時、永野4姉弟はどうしていたか?
耐震がなされた建物の中で、母に守られていた。
そりゃそうだろう。
何の文句もない。
だが、施設内には生活をする子どもたちが沢山いたが、その子どもたちも同様に安全を担保されていたか?
否!(ギレン=ザビ風)
この近隣で有名な話の主役は、前述した施設の子より明らかに優遇されて育ったオヤジとその妻だ。
しかし、その血は子どもたちに継承されている。
つまり、耕平氏もオヤジと同じだと言える。
だからこそ、この記事のように生命の危険が火災に対してでも、法を犯し続けても放置し続けることになる。
最終的解決法にも注目したい。
「渡り廊下を外し、屋内消火栓が不要な広さにした」のであって、「屋内消火栓を設置した」のではない。
消化器は置いているのだろうが、スプリンクラーや消火栓のように水道を敷くような工事をしなくとも、パッケージ型消火設備という消化器からホースを伸ばせるような器具もあるが、スペースの問題か、設置はなされなかった様子。
今は取り壊しに入っているが、隣に建築中の新建物は、火災の備えはできているのだろうね?
パッケージ型消火設備_R.jpg
耕平氏については、オマケで書いておく。
いい仲間とゴルフに行っていたね。
そのゴルフコンペを主催したり、共にラウンドするような仲間は、固い友情で結ばれた誇りだろうから、是非とも市民に紹介すべきではないかね?
仲間も議員になった耕平氏とマブダチだと喧伝されれば、喜ぶと思うけどね。
では、岸和田市議会の議員の悪事を一覧表にしています。
ぜひ、どれだけひどい議員がそろっているのかを、有権者として許せるのか、ご覧ください。

 

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防災士 泉州ブロック地域交流会

大澤の土砂崩れで、防災士チームと一緒に活動した日もあったし、岸和田市の避難所設置訓練などで木村事務局長に会うこともあるが、普段は研修も頻繁にあるわけではないので、情報共有するべく参加。
府の支部長、どこかで見たような・・・・
って、堺の議員だと途中で気付く。
田渕和夫(公明 南区)堺市議。
公明は縁遠いので、堺でも全11市議は知りません。
途中で古谷公俊(自民)泉南市議も参加。
防災士としての役員の活躍:
・地域防災アドバイザーとして、学校での研修で、同じ学校に何度も呼ばれ、教員の意識改革を行った例。
・学校自体が避難所となるが、不備がないか、子どもの安全確保についての指摘など。
・地区防災計画を地域でフィールドワークを行い、まとめて行政へ提案する、ボトムアップ型の防災を提供。
各地域での計画や発表会を開催。
・泉州ブロックとして、防災士間の相互連携。
・防災士としての地方議員連絡会や、災害ボランティア議員連盟による、国会議員の防災士への働きかけを行い、会の発足。
これにより、消防庁、国交省から地方議員防災士連絡会へのヒヤリングや、施策への取り組みがあった。
・備蓄について
家庭では、備蓄食料でなく、普段あるもので災害に備える心得を伝えるアドバイザーとして、母と子を1時被害から守る。
・リーダー養成
町会長や区長、教員でなく、町の役をやっていないような若者などから要請する。
・防災訓練
バラバラでなく、幼稚園・保育所から各学校、企業や地域も一体となっての訓練の必要性。
・学校でのJr.防災士検定試験の開催。
泉佐野市では、ふるさと納税を利用して行っている。
事業予算は400万円弱で、市長裁量で使える予算は確保できているが、ホールを埋めるほどの人数を集めるのが大変とか。
・広報
ブログの作成を予定中。
私は、議会事務局ないし、議会図書館の司書を使って、全国先進例を集約し、カテゴリーとして「先進例」をつくり、そこで一般にも見て、取り入れてもらえるようにして、各自治体の議員にも情報提供をして、防災の取り組みを行ってもらうことを、提案しました。
しっかりした議会図書館は、堺市以外にないので、情報収集の役割は必然的に堺市となりますね。
北摂では、ブロック内の防災訓練の予定はMLで情報共有され、パネル等の貸出や、フォーラムの開催を大阪府支部もバックアップする体制にあるとか。
泉州ブロックとしても、各自治体・議員・防災士が一体となって、南海トラフに備えるよう、様々な手を打たねばなりません。
南海トラフでは、津波の入口である紀州水道が狭い分、出て行く波も少なく、その出ていかない波に再度押し波が上乗せされるtので、被害は大きくなります。
大阪府のハザードマップでも、淀川では波が遡って、京都の方にまで水害の発生が予想されています。
私は、津波タワーもないし、高層マンションも少ないので、「せめて阪和線まで逃げるべし!」と、よく言っています。
また、折りたたみ式のリアカーを、浜地域に設置し、中学生に高齢者や障がいのある人をリアカーに乗せて、避難訓練を頻繁に行うよう、
家具の圧死でなくなる被災者が多いことから、リタイヤ世代に協力を得て、500円程度で家具の固定の大工仕事をやってもらえるよう募集するべしと、役所などに働きかけていますが、「その事務局をするほど人手が足りていない」として、進んでいません。
大澤については、被害規模が甚大ではないので、義援金募金も行わない予定となっていますが、同じく台風で被災した泉南、紀の川、河内長野などと合同で募金を募り、被害金額に応じた割合で分配すれば良いのではないでしょうか。
それで市の復旧作業代金を捻出するとか、役場も柔軟に考えていただきたいですね。

台風21号来襲の夜 増水した河川の様子見や、避難所へ

10月22日、日曜の晩。
台風やからというて、家でじっと選挙速報を見てたわけではありません。
19~25時頃まで、災害の状況や避難所はを回っておりました。
先ず、大津川、牛滝川の状況確認。
港も水が多いものの、浸水するまでには至っていませんし、防潮堤も閉めていない状態でした。
しかし、そこから上の川は、すごい急な濁流がうねりを上げています。
高月3丁、西大路、岡山町交差点、山直消防は、どこも見ているだけで吸い込まれそうに怖い状況でした。
DSCF5969_R.JPG
水位も後1mほどしか余裕なし。
それでも、川の畔の家では、電気がついて、お住いの様子。
山直の消防署も出払っている状態。
DSCF5971_R.JPG
そこから更に上の包近、山直中町では、堤防に余裕がある様子でした。
 
避難所
1. 山滝公民館へ11名避難。
大澤から1名避難されています。
2F和室は、暖房もあり、むっとするぐらいの温度ですので、風邪をひかれることもないだろうと感じました。
そこでのお話では、
夕方暗くなる前には既に、大澤地区集落排水処理施設付近水溢れあり。
ガードレールの下ぐらいまで浸水していたので、引き返して、相川まわりで来た。
これは、明け方になってわかるのですが、土砂崩れでによる影響だと思われます。
ここでは、非常食として蒸しパンみたいなチョコチップパンの缶詰が配布されていました。
こっこあパウダーかチーズか不明ですが、なんだかアルコールっぽい味がすると言うので、少しちぎってもらうと、確かにそんな風味がありました。
2. 山滝小学校
47名が避難。
ここを始めとして、山直市民センターまで、山手の3箇所のみ、信貴市長、南加代子(公明)市議と会いました。
 
市長は、作業着でヘルメットをかぶって山滝小学校の図書室を皮切りに回っていたようでしたので(私はもっと浜側から回り始め、議員らがまだ来ていないことを確認済みで、私の後に回ったと、再度訪問して確認済み)、「格好だけ一丁前ではアカンぞ!!ヘルメットを脱げ!」と叱責したところ、以後はヘルメットを外 して訪問していたようでした。
避難されている方々が、着の身着のままで来ているのに、市民を守る立場の市長だけが、ヘルメットで防護しているようなおかしな光景はありません。
秘書室の職員である市長車運転手は、作業着どころかカッターシャツで、市長が図書室にいる間、所在なげな様子でブラブラしていましたし。
南市議も、手提げかばんを下げ、お出かけ気分のように見えました。
何かを運ぶとかの用事があった場合、その手提げはどうするんかいね?
 
しかも、私が話を伺っていたテーブルは一旦スルーして、絨毯の上で寝そべっている方々の方へ行き、最終的に仕方がないといった様子で、私のいるテーブルに座っている5名ほどの避難者に一言二言おざなりに声をかけ(他のテーブルには5分ほどいた)、私に挨拶することもなく(後から入ってきて、私の座るテーブルに寄ってきたのだから、南さんから挨拶するのが当然でしょ)、そそくさと退出していきました。
ここではお菓子の小粒っ子が、テーブルに広げられていました。
廊下では、柴犬とダックスフントを抱いた方が。
図書室もそうですが、暖房がないのか効いていないようで、特に廊下は寒く感たので、「毛布をお持ちしましょうか?」と声をかけましたが、ジャンパーを着ているのでなのか、遠慮されました。
パイプ椅子でしたし、車の方に行かれたはずです。
照明が赤々と点いて、寝にくそうでしたので、職員に告げると、「防犯もあるので、後で皆さんに伺ってからにします」とのことでした。
ここは、翌日6時には皆さん、相川経由で大澤方面へお帰りなられたとのことで、8時頃に行くと撤収が完了していました。
旧外環の内畑の交差点から上は、夜も朝も通行止で、あの土砂が搬出されるまでの間は続くと思われます。
阪和道桁下は、夜には水が引いていましたが、
溢れた痕跡の土砂が残っており、道路の端から水が流れており、そこからは上がることをやめました。
DSCF5973_R.JPG
阪和道、岸和田S.A.に上がる地蔵のとこは、そう水が来ていませんが、山からの道は土砂混じりの水が流れていました。
DSCF5974_R.JPG
そのまま岸和田S.A.へ。
大澤方向に帰宅する従業員に、そのまま上がらず、相川方面より遠回りでも安全な経路で帰宅するよう情報提供をした後、再度下へ。

 
3. 山直市民センター
約20名が避難。
消防署付近で牛滝川の水位を見れば、避難するのは当然です。
2Fの休憩室は、最も快適そうな感じです。
畳の部屋もあり、ロビー風の広間では、皆さん、熱心に選挙速報を見ていました。
非常食もリッツとビスコ。
私はリッツを当初、非常食だと思わずに、コンビニで飼ってきはったのかなぁと思いつつも、差し出された筒状のパックを手にとることもなく、遠慮しましたが、缶詰だったんですね。
90歳の女性がいて、小麦藁葺の100年経つ家にお住まいだとの話を聞かせてもらいました。
皆さん、口々に「ここに避難するような雨は初めて」とおっしゃってました。
どこの避難所も高齢の方が多く、30~40代の家族がその半数ぐらい避難しているようでした。
4. 久米田青年会館
24時を回って、山滝小の椅子で寝なければならない避難されている方々に申し訳ないと思いつつ、帰宅する方面で、避難所を見て回ります。
いつも子ども食堂で来ている場所へ。
避難者ゼロ。
小雨状態ですが、まだ危機管理室からは現場待機と言われているとか。
職員も、明日の仕事が大変ですので、交代で仮眠できるならした方がいいですよと、この後言って回りました。
5. まどかホール
避難者は3名。
控室で、もう休まれているとのこと。
ビスコが置いてありました。
6. 春木市民センター
避難者は3名。
高齢の方で、一人でいると心細いとのことで避難されているそうです。
ここも休まれているので、お会いせず。
 
ここは自主避難なので、自分で寝る用意や食べ物を持ってきてくだいとお願いしたとのことでしたが、まどかホールも自主避難ですが、毛布やビスコがあり、元の備蓄分もあるのでしょうが、不公平な感じです。
事前に台風は予想できているのですから、避難されてから各避難所に毛布を配るのではなく、先に一定量配っておくべきです。
災害に遭遇している最中には、運搬のように手を取られるようなことでなく、なるべく避難者に寄り添ったり、情報収集に務めるべきです。
7. 春木公民館
避難者ゼロ。
25時近くなって、雨は止んでいましたが、風はきつかったです。
ここで詰めていた職員は、公民館職員なので、明日は元々休みだとのこと。
4. 久米田青年会館以降の場所では、町会の人などが訪ねては来たものの、議員は誰も来なかったとのこと。
市長は危機管理室につめる必要があるのかもしれませんが、議員は体調不良の河合氏や、南氏を除いても23名いるのだし、春木など、何人いてるんですか!
井舎氏など、春木公民館から家が見えるほどの距離ですが、また誰ぞに酒でも飲ませ食わせしてたんかいな?
議員らが現場を見に行く必要や、避難者の話を聞く必要がないとでも言うんでしょうかね?
それとも協力している衆議員に気でも使って、選挙速報を候補者の事務所で見てたってことかしら?
いずれにしても「バッジを外せ!」どころか、「町会役員にもなるな!」と言うしかないけど。