財政赤字を言いながら、ゼネコンには儲けさせる京西且哲市議

2015-10-10 21:03:00
私が取り上げるものだから、めっきり口数が少なくなって、9月にはたった1回しか更新していない京西ブログが、久々に更新されています。

9月議会は15日に終了し、時間がないはずはないし、ブログネタも有り余るほどあるはずですから、更新頻度の減少は、やはり私がここで取り上げているからにほかなりません。
折角、京西ブログでコメントできないようにしても、ここで批判されては反論もできない彼としては、亀のように丸まって防戦するしかないのでしょう。

同じように私に反論できていない、言いっ放しの田中学 貝塚市議とどっちもどっちですが、田中さんの方が議員として活動を発信はしている点で情報公開度は高いと言えましょう。

他の岸和田市議もほとんどが、何をしているかサッパリ分かりませんが、多くても100日弱しか公式には市役所にいませんし、本会議などでは主張がふんだん に主張できる時間もないので(その多くが発言自体をしないし)、歳費を受け取る以上は議員活動を発信し、たとえ言質を取られてもFBやTWなど消えるもの でなく、ブログで残しておかねばなりません。

無口で市長や議員は務まりませんよ。

では、京西ブログを取り上げましょう。
「岸和田市の財政予測
2015-10-04 22:52
では、10月1日に財政担当課より発表された「平成27年度財政推計」について書かれています。

普通会計をベースに、市民税収入の伸びを国の名目成長率1.8%とし、平成29年度からは消費税率10%として試算しています。
平成26年度決算の単年度収支は6億8,000万円の黒字となりましたが、平成27年度以降の推計は赤字であります。
(H27:1億1,600万円、H28:3億2,300万円、H29:1億1,800万円、H30:5億1,300万円)

財政担当課の財政分析は、
①公債費の負担が高い
②財政基盤が弱く不安定
③基金残高が少ない

また、今後の課題として『資産の有効活用等により財源を産出し、庁舎建替えや公共施設・公共インフラの老朽化対策等に要する財源確保に早期に道筋を建てる と ともに、臨時的収入に依存しない安定した財政基盤の構築に向けて、行政サービス提供体制の徹底的な効率化に取組む必要がある。』と認識をされています。

そのような厳しい状況であるが、市長の選挙公約にかかる新たな事業費用として、総額117億7,000万円が支出予定となっていますが、財源の確保や歳入の増加策が明確に見えていません。

併せて、公共施設マネジメント課から、今後の市政運営・経営に大きく影響を及ぼす「公共施設の維持管理」の説明がありました。
今ある公共施設のすべてを維持していくとすれば、50年間で必要となる費用総額は1,778億9,000万円になる。
毎年度の平均の支出は35億5,800万円で、25年後の平成53年度は56億1,200万円が必要となると試算されています。

この試算額は、今回の財政推計には反映されていないため、来年度以降の単年度赤字が大きく膨らんで行く可能性があります。
危機感を持って市政運営にあたらなければ、将来世代が大きな負担に耐え切れなくなると思います。
(引用ここまで)

これまでの市議会で、これら施設の新築がどのように議論されてきたか、次回より見てみます。
反対者の意見だけを引きますが、意図的に良案や対案を外しているわけではありませんので、私の見落としがあれば、教えて下さい。
また、これら反対意見を表明している議員が、本会議採決で反対したかは不明です。
ひょっとしたら賛成で起立しているかもしれません。

本人たちはそう言われたくはないでしょう。
ならば、さっさと本会議の採決結果を議会事務局が公式に記録し、HPや議会だよりで発表すべきです。
和泉市は問い合わせがあれば伝えるとしています。
貝塚市はライブ中継で採決場面映像で見られますので、議席表を議会事務局から貰うか、HPから議員の席番号と顔写真を見比べて、誰が立っているか、いるか いないかのすり合わせをすると、議会TVに「この議会中継(映像及び音声)は貝塚市議会の公式記録ではありません。」と書いているにしても、記録は残りま す。

田中学貝塚市議は私に「岸和田市議会は遅れている。 貝塚では採決の状態を写真に撮り、記録を残している。」と言っていましたが、それは昔のことで、今はカメラ撮影はしていません。
撮られているかいないかすら視界に入らないほど、採決に一生懸命なのでしょうかね?
それにしては「異議なし」と採決すらしない簡易採決が目立ちますけど。

そんな田中さんの思い違いは置いておいて、岸和田では採決映像すらTV岸和田では撮らず、議会事務局によるネット中継やカメラ撮影もない、非常に遅れた議会だとは、議長申し入れもしていますし、度々になりますが、指摘しておきます。

広告

施設建替えについて、市議らの姿勢 福祉センター

2015-10-11 22:09:55
福祉センター

山田 幸夫
2009.12.16 : 平成21年第4回定例会(本会議 第2日目)
私はしょっちゅう言うてますけどね、福祉センターを なぜそこでやる理由があるのか。いろいろ十何カ所かの場所を見て、これは市の持ってる土地の中で使えるものがあるかどうかというようなことを検討したと思 うんですけれども、何も持ってる土地でなかったかて、売却する部分があるんなら、購入したってええわけですよ。
購入をして、そこにきちっとした福祉センターを建てて、その土地を売却したら、何も別にあちこち市の持ってる土地をとにかく使わないかんというようなことを決めつけることもないでしょう。

たかひら:
山田さんは駅前なんだからテナントビルのような「民間活力」を建設し、福祉センターは別の場所に移設しろとの考えのようです。

ここについて建て替えを反対している議員はいないようです。
私もパピースクール、いながわ療育園を福祉センターに統合するのか、別に移設するのかは利用者に意見を聞くとしても、福祉センターは現状の岸和田駅前で、車椅子や盲導犬を利用したり、杖をついた利用者などが通いやすい場所にするべきだと考えます。

これら議事録を見ると、
新自由主義者の京西さんは、コスト削減には言及していますが、建物自体の建設には他の多くの議員ともども賛成していますね。
「ゼネコンや市場は儲けさせろ、市民サービスは切れ」とも受け取れる姿勢には、フリードマン教授などシカゴ学派を気取っているつもりか知りませんが、
サッチャー首相やレーガン大統領、
日本でもマクドナルド未公開株を受け取り、パソナ代表として1億円もの報酬を受け取りながら派遣労働を拡大する竹中平蔵さんや、小泉改革を見ても、歴史上成功した例はありませんよとお伝えしたいと思います。

私の電話は、彼から着信拒否にされていて、対話から逃げる姿勢に市民の意見を聞く気など見えませんけれども・・・

ミルトン・フリードマン著作の「金持ちだけ良ければいいんだ。 政府は弱肉強食市場に口出すな。 税で援助を受ける者の事など知るか!」などとの夢想に読 む気も失せるので、読者会でも開いて、どう正当性があり、歴史的に成功した例があるのかを1件でもあれば教えてくださいよ、京西さん。

また、選挙期間中に会ったベンツに乗った土建屋の知人は、「何人も挨拶にくらぃよ。 選挙は、そん中から一番仕事をくれる人に入れるに決まってらぁ~のぉ。」と私に言い、その言葉に現されるように、岸和田市議会のほとんどを占める自民系の市議が、そのような土建口利きを行い、公明党でも支持者が近所の人達に「道の悪い所ないか? すぐ議員に言うて直させるで!」と聞きまわっているのを知っています。

道の工事は年がら年中行われていますが、水道管破裂などの緊急事態は別として、優先順位は何によって決まっているのでしょうか?
これも私は「何度も直させた」人を知っています。
その人曰く、「順番なんかあるかいな。 うるさい順番に手をつけるに決まってるがな。 俺とこの前、何べん直させたと思ってんねん。 俺が言うてるから役 所もビビって直しているだけで、同じように凹んでても、普通に言うたっていつまで待ってても順番回ってくるかいな。」とのこと。

これが本当かどうかを確かめるために私は「口利きを議員らがしてきたら、職員は公式に記録を取って残せ」と提言していますが、奈良市でやっているこのシステム、取り入れた途端、人事口利きで逮捕者まで出たのに、ゼロになりました。

それでも道路の口利きが最も多いようですが。

こんな大赤字を生んだバブリーな土建行政を続けて、何年後かにツケを市民が払うのか、借金を早く返済して、独自の住みよい施策に予算を回すのか、既に遅い感はありますが、せめてさらなる土建行政の上積みは止めねばなりません!!

東岸和田駅前再開発 資料編

2010年に完成した再開発の歴史について、岸和田市 都市計画担当に聞きましたが、“生き証人”のお話は聞けなかったので、都市計画課都市計画担当が回答した概要と年表、同担当が教えてくれた『東岸和田駅東地区防災街区整備事業事業記念誌』を引用して、資料編とします。

残念なのは、“生き証人”がいないので、住民や、議員の動きが不明なのと、裏話的資料が見つからなかった点です。

概要

1993年に市街地再開発事業の都市計画決定後、出店予定の核テナントの撤退により長期
にわたって事業停滞しましたが、95年に入り、和泉府中駅と同じく西松建設から受けた事業提案を 「事業化の最後の機会」と捉え、 防災街区整備事業として再出発。

08年には偽装献金問題が発覚したので、透明性の確保のため、他社も参入しJV(企業共同体)の形で、東岸和田駅東地区防災街区整備事業組合、西松建設、石本建築事務所、大和ハウス工業、都市問題経営研究所、ジェイアール西日本コンサルタンツが共同で、行いました。

年表掲載は、1986年以降で、住民組織の折衝や、議員のクチバシはさみ等の記載は残念ながらなし。

1986(昭和 61)年11 月
東岸和田駅が快速停車駅となり、駅前整備の機運が高まる。

87年
商店会を中心とした再開発準備委員会が結成。
関係権利者に組合施行による再開発事業の実施を呼びかけて、準備組合設立に向けた活動を開始。

88年11月
東岸和田駅前地区市街地再開発準備組合が発足。

89(平成元)年5月
三井建設株式会社を事業協力者として選定。

選考過程については、
選考委員会が、11社にアンケートを送付。
積極的に参加する旨、回答のあった鹿島建設・大林組・三井建設に対して、4月4日、ヒアリングを行い、人員派遣・資金貸付や先行買収について最も熱心な回答があった三井を理事会承認し、5月23日、総会で決定。

モデルプランは、43階建て住宅棟、15階建て住宅棟、5階建て商業・駐車場棟、12階建て公共施設・各種学校・スポーツセンター棟の4棟で、94年完成予定。

90年5月15日
第20回理事会
モデルプランを通常総会で提案。
モデルプランは、43階と23階の2棟とし、3階までは商業系、7階から上は住宅。
別途、4階建て商業施設・スポーツ施設。
バブルの著しい地価高沸に対応し、事業採算性を高めるために、分譲可能な床面積を増やしたもの。

地区外転出者の代替地として、秋田池の活用を準備組合から原昇市長へ要望。

準備組合は、権利割合に関する事例説明会や、枚方岡本町地区、草津駅前地区、尼崎市出屋敷北地区などへ視察実施。

6月6・7日
キーテナント候補 6 社(西友、ジャスコ、近鉄百貨店、ニチイ、高島屋、イトーヨーカ堂)に出店意欲や条件などのヒアリングを実施。

91年8月20・21日
地元説明会開催。
権利者と十分話し合いを尽くす必要があると意見が出され、市と準備組合は話し合いを続け、理解を求めた。

92年11月19日
大阪府都市計画地方審議会において、都市計画案が承認。
モデルプランは、43階建て、B1~6階までが商業施設(B1~2は商用・3~6階は住宅用駐車場併設)・7階は文化スポーツ施設・7~43階は住宅・屋上には庭園と、7階建ての百貨店・専門店・文化・スポーツ施設。

12月11日
測量調査及び建物調査説明会。

93年1月
水面下で交渉を行っていた近鉄百貨店が、「白紙に戻したい」旨、連絡してくる。

2月8日
東岸和田駅前地区第一種市街地再開発事業の都市計画決定、告示。

4月5日
第58回理事会
近鉄百貨店からの出店辞退を受けて「核テナント誘致委員会」を設置。
以後誘致活動を展開し、京阪百貨店からのみ立地評価の回答を得た。

1994年
進展しない核テナント誘致を踏まえ、事業推進方針の見直し。

95年3月
京阪百貨店と商業ワーキング検討会を設け、数回にわたり意見交換や、出店に向けた条件整理を進め、出店可否の判断がある旨、回答を得ていたが、1月の阪神淡路大震災の影響で市場悪化の予測により、判断が先延ばしされることとなった。

8月末
京阪側に床処分価格を提示し、出店を経営計画に位置づけるよう求めるも、可否判断はなされず。

核テナント誘致委員会では、核テナント非出店の場合を想定し、トークタウンや岸和田旧港再開発に競合しないような施設展開を目指すこととして、ホテルの出店要請ヒアリングを開始。

96年3月26日
第95回理事会
事業方針見直しがなされ、「売れない保留床はつくらないことを前提に、板状住宅+近隣商業施設+ホテル+駐車場等による施設構成に見直す」ことが確認された。

トークタウンに入居するサティとは業態が異なり、若者層をターゲットに絞った専門店群で構成されるビブレの出店をマイカルに要請。

府道岸和田港塔原線の拡幅事業が進み、JR阪和線の単独立体交差化事業の具体化が検討される。
牛飼池跡地開発や高田機工跡地開発等のプロジェクトが予定される。

97~98年
マイカルから既存のサティと相乗効果が期待できるビブレを出店し、「マイカルタウン」としたいとの意向表明を受け、具体的協議を進める。
施設計画については概ね協議がまとまり、経済条件を示し交渉を続けるが、急にマイカルの売り上げが減少し、出店競技に影響する。

99年2月22日
マイカルの副社長、原市長の会談の結果、準備組合、市とマイカルとで事業スキーム勉強会を始めることとなる。

勉強会が継続する中、マイカルの有利子負債問題が表面化し、出店協議が具体化しない状況が続く。

二色浜の商業開発を進める商業コンサルタントの参画を得て、テナントミックス型の商業施設の検討を始める。

主な水路、大阪和泉泉南線沿い、府道東岸和田停車場線と市道上町土生線の明示立ち会い終了し、確定測量の進展。

2000~02年
商業コンサルタントからテナントミックス型の提案を受ける。
カレッジタウン(複数の専門学校の集積)、温浴医療施設、フィットネス・メディカル施設、シニアマンション等や商業・業務系施設、公益的施設、一般住宅施設、駐車場からなる。

19階建て(1・2階 商業・業務系施設、3~4階カレッジタウン、4~19階都市型住宅)、
16階建て(1階地域型商業施設、2・3階駐車場、4~16階都市型住宅)、
16階建て(1階地域型商業施設、2~16階都市型住宅、別棟に駐車場)
の3棟。

03年~
一挙に地区全体での再開発事業を断念、身の丈にあった段階的整備を前提とした事業計画案を再構築。
特定建築者導入のため、民間デベロッパー6社に対して参画意向打診を行うも、資産デフレ下で、現れず。

2004年7月21日、9月21日
前者は口頭で、後者は文書で、三井住友建設株式会社から事業撤退の申出を受ける。
その後、協議により解約金の支払いや、準備組合活動資金の立替金(約11億円)の放棄などを合意し、撤退合意。

2005年初め頃
事業協力者の撤退、
事務局体制の大幅縮小(事務局長以下、事務局員1名、経理担当1名、コンサルタント1名)、
事業採択を受けて5年に近く未着工のため、05年度中に都市計画を変更し、組合設立の上、補助申請をしなければ、補助金(調査設計費)一部を受け入れできなくなり、事業採算性がさらに厳しくなると予想され、事業化を断念せざるを得ない状況にあった。

7月
事務局長が予てより打診をしていた、大和ハウス工業株式会社から新たな事業提案を受ける。
A街区(2階建て デベロッパーが20年間の事業用定期借地により、商業施設と駐車場を建設・運営)
B街区(4階建て 商業・スポーツ施設・駐車場)
C街区(14階建て 分譲マンション)

8月27日
臨時総会
5月の通常総会で承認を受けたばかりの分割施行案を取りやめ、大和ハウスの事業提案に切り替えて検討を進める承認を受ける。

9月4・6日
全体説明会
順次、関係者への個別説明会で、事業参画の確認を進める。

10月1日
事業推進に慎重な意見のある地権者への説明会を実施。
地権者は不満や不安を述べたが、個別面談受け入れは了承。

03年6月施行の「密集市街地における防災街区の整備の促進に関する法律」改正にによる新設の「防災街区整備事業」活用について、国交省都市・地域整備局市街地整備課中澤課長補佐へ照会し、事業化可能ではないかとの示唆を受ける。
これが「市街地再開発整備事業」から「防災街区整備事業」への切り替えの転機となる。

B街区について、事業採算性確保の観点から、大和ハウスに住宅保留床の積み増しを打診するも、ファミリーマンション130戸程度が限度とされ、競合しない高齢者向け分譲マンション導入可能性を関係者と協議開始。

11月26日
施行地域内の関係権利者105名中82名までお個別面談を進め、事業参画意向の確認を受け、
臨時総会
事業手法を防災街区整備事業に変更。
06年夏に向けた組合(東岸和田駅東地区防災街区整備事業準備組合へと名称変更)設立への取り組み開始。

12月
地元説明会開催
関係権利者向け4回、防災街区整備方針案1回、市民協議会・住民向け4回。

2006年2月2日
三井住友建設より、先行取得していた施行地区内外の土地(約800坪)、建物について、24日から一般公募により売却せざるを得ない旨連絡。

撤退時の合意事項であった「一般公募を行う際には、事前に準備組合又はその関係者と売買交渉する機会を設ける」旨の取り決めに反していた。
単独開発可能なまとまった土地であり、代替地として取得されていたものであるため、第三者が落札すれば事業推進への影響が大きいと懸念された。

永山享顧問弁護士が、三井住友建設と協議を行うが、既に公募が開始されており、任意売却には応じられないとの回答であった。
しかしながら、粘り強く協議を重ねた結果、準備組合関係者への売却が決定され、準備組合理事の英断により取得された。

同日
府知事より長年の悲願であった組合設立許可を受ける。

大和ハウスとは協議を進めていたが、公平性の観点から事業協力者の選定は公募となり、公募手続き検討を開始。

5月2日
公募開始。

6月10日
臨時総会
西松建設・大和ハウス工業共同事業体を事業協力者とし、コンサルタント業務は都市問題経営研究所で選定。

13日
基本協定書の締結。

同月
B街区保留床処分先として、ハイネスコーポレーション(株)から分譲型シニアマンションへの事業参加を受け、施設計画ならびに保留床処分条件の協議を進める。

8月11日
東岸和田駅東地区防災街区整備事業の都市計画決定(第 1 種市街地再開発事業の廃止)。

9月9・10日
全体説明会定款、事業計画にについて説明。

11月
事業組合認可申請にあたり、事業性の担保として、
C街区ファミリーマンションについては、大和ハウス、
B街区シニアマンションについては、大和システム・ハイネスコーポレーション、・泉南生活協同組合共同企業体と、
それぞれ事業参加協定書を締結し、保留床の概要、保留床概算額等の参加組合員に対する取り決めを行う。

補助金交付決定を受け、測量、土地や建物評価、基本設計、公共施設設計、資金計画のそれぞれの業務を委託し、事業計画の形成を進めた。

16日
臨時総会
事業推進に慎重な地権者も理事として選任され、本組合性絵率に向けた取り組みを行う。

同意書集約状況は、土地所有者の86%、借地権者の68%、宅地ならびに借地面積の91%より同意を得、許可申請の条件を満たす。

12月11日
11月28日理事会の承認を受けて、府知事に組合設立認可申請を行う。

2007年2月2日
東岸和田駅東地区防災街区整備事業組合の設立認可。

10日
準備組合解散。

12日
組合設立総会・記念祝賀会、第1回理事会 (浪切ホール)
大和システム・ハイネスコーポレーション・泉南生活協同組合共同企業体を、参加組合員に決定。

13日
特定業務代行者の募集開始(事業協力者は終了)。

3月17日
臨時総会
西松建設・石本建築事務所グループを特定業務代行者として選定。

27日
特定業務代行基本契約書の締結。

11月
事業計画の変更(大和ハウス工業株式会社を参加組合員に追加決定)

2008年2月
住宅金融支援機構と融資基本約定書を締結。

3末までに権利変換計画認可を目標として同意集約を集め、権利関係者の8割近い同意集約終了。

23日
理事会
権利変換計画縦覧を、25日からと決定。

3月30日
臨時総会
縦覧後、13名から意見書が提出されたため、審査委員会の採否を経た後、権利変換計画決定。
協議過程で、河野信道理事長、副理事長が、辞職し理事になる事態もあった(たかひら注:わざわざ記載があるのは、よほどもめたのだろうと推測される)。

5月16日
府知事、権利変換計画認可(平成 20 年 6 月 権利変換期日)

6月15日
権利変換期日となり、密集法の規定により、施行地区内の土地は、権利変換計画の定めにより新所有者に帰属。
期日までに地区転出する地権者への用地保証費の支払い手続きを進める。

29日
臨時総会
15日をもって、地区外転出役員は組合員でなくなるので、新役員選出。

6~10月
代替地を希望する地権者のため、市が所有していた旧秋田池を特定業務代行者が取得し、宅地開発の造成工事が進められ、順次地権者に引渡される。

8月
解体工事着工。

10月
駅リン解体跡地に仮設店舗工事着手(12月完成)。
一部は近隣の空店舗を事業組合が借り上げ、仮営業所として確保。

11月
6月15日以降、関係権利者と土地の明け渡しに伴う通損補償契約を結び、土地・建物の明渡しが進み、8割を超える明け渡し・移転完了。
数件の地権者からは明渡しの承諾が得られず、法的な明渡しの準備を行うこととなる。

時期不明
夏に控えた北京五輪に向け、材料費が高沸し、事業費を圧迫。
本年度、新創設された都市再生緊急促進事業補助金の交付によって、事業収支を改善。

導入予定の公益施設では、岸和田市が目指す「都市交流ゾーン」を図るための交流機能としては脆弱と考えられたので、事業組合は、市に対して、公民館・図書館機能をB街区防災施設建築物へ移設するよう要請。
市は東岸和田市民センターの全移設を決定し、事業組合は、実施設計の見直しならびに権利変換計画の変更手続きを行う。

仮設店舗設置工事、旧秋田池造成工事、建築物への電源供給で必要となる共同溝などのインフラ整備、市営駐輪場の移設など工事が輻輳し、関係機関との調整に時間を要すとともに、家屋明渡しの遅れも影響し、幾度となくスケジュールの見直しを迫られた。

(株)都市問題経営研究所が解体工事、建築本体工事の設計書を作成、
公共施設工事はジェイアール西日本コンサルタンツ(株)が設計書の作成を担当。
正副理事長が予定価格を決定し、入札を実施。

2009年2月
昨5月の権利変換計画認可より、建築工事着工厳守を2月とされており、
防災施設建築物(C街区)の工事着工。

3月
防災施設建築物(B街区)の工事着工

27日
土地建物の明渡し合意に至らない1物件について、長山事業組合顧問弁護士も交え協議を続けるが、山留め工事が始まることから「建物の明渡し・収去の仮処分 の申し立て」を、大阪地裁岸和田支部に不動産仮処分申し立てを行う(6回の審尋を経て、債務者と和解し、6月8日引渡し)。

4月22日
防災施設建築物工事起工式。

9月
参加組合員共同企業体の一部構成員の脱退報告(大和ハウスシステム株式会社)。

C街区が「プレミスト東岸和田駅前イーストスクエア」と名称が決まり、近隣にモデルルームがオープンし、販売開始(リーマンショックの影響が懸念されたが、10年9月竣工後まもなく完売)。

10月
東岸和田駅東地区防災街区整備事業組合より特定業務代行者の西松建設・石本建築事務所グループに対して、参加組合員共同企業体への参画要望がなされる。

時期不明
権利変換の結果、A街区の個別利用区は、当初の目論見と異なり、宅地免責の7割程度の地権者の資産の集約となった。
大和ハウス工業から商業計画の見直しとあわせて、地権者の協力を得て、宅地配置の見直しを検討できないか提案を受け、事務局は課題となっていた地権者の定期借地の条件協議とともに配置見直し調整を進めた。
当初、協議は難航したが、理解を得、地権者が保留地の一部を購入することとなった。

地権者と大和情報サービス(株)との間で、事業用定期借地契約が締結される。

愛称募集
B街区について、1001通の応募があり、「愛称選考委員会」によって「リハーブ」が選定される。

2010年2月
ハイネスコーポレーション・西松建設・泉南生協共同企業体に参加組合員を変更。

シニアマンション「マスターズマンション東岸和田」は、参加組合員の共同企業体構成員の変更問題など受けて販売開始が遅れて開始(12ねん春、完売)。

5月
個別利用区内の宅地の整備完了。

廃道時期の影響で遅れていたA街区の整地工事が完了し、地権者に宅地が引渡し。

8月
防災施設建築物(C街区)竣工。

9月
防災施設建築物(B街区)竣工。

10月
まちびらき式典・テープカット(りハーブ5階集会室、1階エントランス)

11月1日
東岸和田市民センターがオープンし、リハーブは全館オープンを迎える。

12月1日
アクロスプラザ東岸和田オープン。

時期不明
駐車場、駐輪場の運営実績のある3グループに対して、事業提案書の提出を求め、運営実績や提案内容などを総合的に判断し、三進金属(株)を運営会社として決定。

2011年2月
保留地処分手続き開始。

7月7日
4回の入札審査会を経て、フジ住宅(株)を落札内定者として選定。

20日
理事会
保留地売却先として決定、売却契約書を締結。

8月29日
保留地売買契約引渡し。

2012年
4月フジ住宅によるマンション工事着工(完成13年10月)。

7月1日
保留床であるリハーブ駐車場の売買契約締結・引渡し

8月4日
解散総会・祝賀会の開催(浪切ホール)。

6日
府知事へ事業組合解散認可申請を行う。

9月
東岸和田駅東地区防災街区整備事業組合の解散認可。

2013年2月
東岸和田駅東地区防災街区整備事業決算報告承認。

2月26日
東岸和田駅東地区防災街区整備事業組合決算報告承認の組合員への報告(清算事務完了・組合消滅)。

A街区
アクロスプラザ東岸和田 スーパーサンエー、ドラッグイレブン、泉州池田銀行東岸和田支店
シャルマンフジスマート東岸和田 65戸

B街区
1階 ショッピングモール、郵便局
2階 クリニックモール
3~5階 東岸和田市民センター、旭地区公民館、旭図書館
マスターズマンション東岸和田駅前 100戸

C街区
プレミスト東岸和田駅前スイートスクエア 130戸

『東岸和田駅東地区防災街区整備事業事業記念誌』の配架場所:
岸和田市図書館
貸出可能 春木分館(開架)、旭分館(3F書庫)
館内利用 本館(2F)、山直分館(開架)(図書館HPより)

岸和田コスモポリス計画はどうなっているか? その2

前回、コスモポリス計画について、書きましたが、泉北高速鉄道延伸計画などを続きとして書きます。

泉北高速鉄道の和泉中央までの2.7kmの延伸工事は、1995年住宅都市整備公団(現UR)による住宅地、トリベール和泉の造成とともに、168億円もの費用をかけて完成し、現在の路線が出来上がりました。

延伸計画があったことを示すように、和泉中央駅の南では、さらに線路が延びて、一時的な車両の止め置き場である留置線として使われています。

信貴芳則市長は、2013年11月における市長選公約として延伸を掲げましたが、今後リニアが大阪まで延びても、泉北高速鉄道の延伸が行われることはないでしょう。

「岸和田コスモポリス計画」について

1986年「コスモポリス地域先端技術産業立地推進協議会」設立

1987年 「コスモポリス地域整備推進室」、「岸和田コスモポリス地域開発推進機構」設立

1989年 大阪府、岸和田市及び民間企業の出資による「株式会社岸和田コスモポリス」設立

1991年 用地買収に着手 (このころバブルは崩壊し、株価、地価とも下落)

(1994年9月4日 関西国際空港開港、8月31日 国道170号〔大阪外環状線〕泉佐野まで開通)

1996年 用地買収終結

1998年 事業の見直しに着手

2002年 「株式会社岸和田コスモポリス」取締役会で、会社として事業の推進は困難であるとの決議

2004年 民事調停の成立、「株式会社岸和田コスモポリス」解散(ゼネコンなどが先行取得した地権者共同企業体の所有地約50haが、岸和田市に寄付されました=府と岸和田市の税金が、地権者の土地ころがしの儲けになったということです。)

このようなバブルの失敗に、この後、さらなる失敗を重ねないように、市がどうしようとしているかを見つめておかねばなりません。

ちなみに近隣住民の方々からも、この計画を良いとはしていない声が聞こえていますとも報告しておきます。

岸和田コスモポリス計画はどうなっているか? その1

Q.岸和田コスモポリス計画はどうなっているんでしょうか?
とのご相談。

ご存知の通り、岸和田市は裕福な市ではありません。
堺以南の泉州地域においては、特例市であり、中心的機能を果たすべき市なのですが、バブル期のハコモノ借金をいまだに返却しており、その負担で、国からの補助金頼みのまま、財政破綻への道へ向かっている最中です。

そんな中、「岸和田市コスモポリス計画」は、既に2004年に破綻しています。
そしてその後、2008年に
「岸和田市丘陵地区整備計画基本構想」が策定され、実現に向けた協議会が発足しました。

更に2011年には地権者による「まちづくり協議会」を組織し、都市整備と農整備の具体的な作業を進め、まもなく市街化への編入が認められるところまできました。

岸和田丘陵地域まちづくり協議会HP
http://kishiwadamachikyo.com/

フクロウの森や、愛彩ランドは、いいのですが、財政課に伺うと、商業・工業エリアなどの都市整備基盤を、市のお金でまだ行う予定とのこと。
しかも「関空に近いから、利便がよく、企業も来てくれますよ!」と威勢がいいので、
「関空に近くて便利が良い?

関空対岸のりんくうタウンはもっと便利が良いですよね?
ではなぜ、今も大阪府は売れていない土地をセールスに回っているの?

道を挟んだ場所では、和泉市のコスモポリス事業(トリヴェール和泉)が行われ、テクノステージは完売となっていますが、コストコやららぽーとを建設するが余地があるのはなぜでしょうね?」

と質問すると、返答はありませんでした。

岸和田市はなぜ給食センターを建設するのか?

岸和田でも選択性給食を採用したり、民間業者を活用すれば、23億円(府・国の補助で13億円)もかけ、ランニングコストを毎年3億5千万もかけて、先の赤字のことを考えずに給食センターを建てる必要性はなくなります。

この堺と貝塚の例、特に貝塚より回答のあった、「岸和田市の全中学生分6千食も、つくれる業者はあります」との意見を添えて、なぜ給食センター建設に固執するのかを聞いてみました。

岸和田市教委 給食担当:
「なぜ給食センターを建設するのか」とのお問い合わせについて回答いたします。
子どもたちの「食の乱れ」大きな問題となり、国において食環境の改善が進められる中、本市でも、特に中学校における取組みが不十分であるとの認識のもと、「岸和田市中学校給食検討委員会」を設置し、「中学校の昼食のあり方」について審議してまいりました。

審議にあたっては、アンケート調査結果も参考にしながら議論が行われ、結論として「中学校給食を実施すべきである」との提言を受けました。(詳細については本市ホームページの「教育総務部総務課」内、「中学校給食について」をご覧ください)

その提言を受け、教育委員会では中学校給食を実施することを決定し、その方法等について検討してまいりました。実施方法については、①自校方式、②セン ター方式、③親子方式、④ランチボックス方式などが考えられ、個々が持つ問題点等を検証した結果、センター方式を採用し、学校給食センターの整備を行うこ ととなりました。

Q. 返答頂きましたのは概略で、私もそれについては存じ上げた上で、「全員喫食を選んだとしても、プロポーザルの業者選定方式でないのか? プロポーザルを含む、選択性でないのか?」とお伺いいたしました。
それを示すために、堺と貝塚の例をあげましたが、全く触れておられませんので、その部分だけを特に再質問いたしますので、御回答願います。

A. 前回の回答の中に、「実施方法については、①自校方式、②センター方式、③親子方式、④ランチボックス方式などが考えられ…」と記載いたしています。
この中の④ランチボックス方式が、ご質問の「民間施設の活用」に該当すると思われます。
これは民間施設を活用し、ランチボックス(弁当箱)形式で給食が提供されるものです。

さて、ご質問の「民間施設の活用を採用しないのはなぜか」につきまして、本市が考える中学校給食は『パン、牛乳および おかずで構成された完全給食を全員喫食する』ものであり、この条件をクリアする業者が見つからなかったこと、食材の直接管理が困難であること等から採用す るに至りませんでした。

Q. 先に貝塚市のプロポーザルのお話をし、貝塚市は岸和田が同様に業者探しを行っても、それを受けられる余裕は業者にあると感じていると回答しています。
その上で、「業者が見つからない」と御回答ですが、「本市が考える中学校給食」は貝塚市とは異なるので、貝塚市の給食を作る業者はあっても、「岸和田市独自の給食」を作る業者はないとのことなのでしょうか?

未だ本契約ではないので、私には貝塚市は業者名を明かしていませんが、行政同士なら回答をするはずですので、業者名を聞いた上で、その業者では不十分だとしているのかを確認いたします。

貝塚市のあげる業者名を岸和田市が把握していなかった場合、プロポーザルをでも公募でも結構ですが、業者選定について不備があったのではないかとの疑問が湧きます。
貝塚市のあげる業者では、「岸和田市独自の給食」を配食できないと検討結果が出たのであれば、何が不足であったのかなどその理由をお示し下さい。
業者調査が不十分ではなかったのかとの疑問がありますので、このように質問させていただいております。

A. 本市における中学校給食の考え方につきましては、平成23年2月の「中学校の昼食のあり方に関する基本的な考え方」に示しているとおりです。
民間施設の活用についても、スクールランチを実施している業者等へ対応の可否について確認するとともに、対応可能な業者に関する情報の有無を確認しまし たが、当時の段階では近隣で確認できず、「単独方式が最良と考えるが、厳しい財政状況の中、補助金制度の活用を図り、可能な限り一般財源が低減できる手 法」 での「全員喫食・完全給食」を検討した結果、センター方式を採用することになりました。

さて、ご質問につきましては、貝塚市が現行の方針を決定したのは平成25年度であり、その段階では既に本市の方針は決定していましたので、検討いたしておりません。

桃ウサギ:
2011年に決めた方針を固辞し続けていることは、柔軟性に欠けますし、その後貝塚市で業者選定が行われており、業者による設備の蓋然性が顕在化したにもかかわらず、なおも方針を変えず、センター建設に固執し続けることについて説明ができない状態であることは、よくわかりました。

これ以上の質問を重ねても返答できないでしょうから、質問を終了します。
ありがとうございました。

質問をしての感想は、今後給食センターを維持できないくらいに財政悪化した場合、誰が責任を取るのか?の疑問をまったくもって払拭できていないということです。

議会も含めて建設を決めて(しかもどの議員が賛成したのかも全く不明で)、何年か後に「誰があんなもん建てると決めたんじゃ! 責任取れ!」と言っても、岸和田市土地開発公社のように借金だけが残って、誰が戦犯なのかの検証もできず、当時要職にあって決めた人々は退職してぬくぬくと知らんふりをして生活をすることを繰り返していいわけがありません!
例え岸和田市民が良いとしたとしても、岸和田市は政府から地方交付税を受け取っていますので、他の地域の人たちから異論が出れば、責任問題は生じます。

だいたい岸和田市民もこの支出にOKしているかどうかも疑わしいし、全国各地で行われている市民仕分けにかけられれば、市は満足に説明できません。

一過性の支出でないハコモノについては、慎重に慎重を重ねて、行政は私の提示したような情報をもっと集めて、市民に提示し、市民も含めた全体で議論が必要です。

施設建替えについて、市議らの姿勢 市庁舎・給食センター

市庁舎

山田 幸夫(自民)
2005.09.20 : 平成17年第3回定例会(本会議 第3日目)
東岸和田駅前地区再開発事業につきましては、私が過去、本会議において2回ほど質問させていただきました。
1回目は平成12年3月議会、キーテナントがなかなか決まらないということで、この市庁舎を再開発ビルにテナントとして入ったらどうか、そうすることによってキーテナントの誘致は容易になるのではないか。
そしてこの老朽化した庁舎の建てかえの必要もなくなるわけでありまして、一石二鳥ではないかということでありました。

(たかひら:
ネット議事録は2002(平成14)年からで、検索できず。)

私は、建替えしなくとも耐震工事で耐え忍び、先に大借金を返すべきだと考えます。
しかも福祉センターに市役所を移動するなど、駐車場をどう確保するか、車の動線を考えれば、事故の可能性が高いではないかとの問題もあり、愚の骨頂だと指摘しています。

給食センター

稲田 悦治
2014.03.13 : 平成26年予算特別委員会(第3日目)
子どもらほんまにそんなん望んでないんちゃいます。
学校の先生もそうですけどね。
毎年そんな3億5,000万円もかけ ていくんであれば、もっと学校の充実というもの何ぼでもできますよ。
それこそ、子育て世代がどんどん入っていってくれるような、ほんま岸和田市の特色ある 学校教育、学校環境整備ができるんじゃないですか。 もう少しね、本当にそやから、ほんまに思いを言うてくれらんと、ほんまわかりませんよ。 こんなん で、せやけど、市長の思いを共有化してるておっしゃるけど、ほんまに共有化されてますか。

2013.03.08 : 平成25年第1回定例会(本会議 第3日目)
給食センターに つきましては、先ほど申し上げましたような視点で教育総務部長のご答弁ではやっていくんだということでございますけれども、なかなか財政的に厳しい状況の 中でありますので、できることならば、もう一度踏みとどまっていただいて、しっかりと検討できればなと。これはただただお願いするだけでございます。
よろしくお願いしたいと思います。

山田 幸夫
2014.03.10 : 平成26年第1回定例会(本会議 第4日目)
中学校給食でありますが、私は今、凍結すべき事業だと思っております。
何も難しいことはないのでありまして、土地の手当てが既にできているということですから、土地は確保しておき、給食センターの設計の作業も進めているとのことですから、これもいつでも使えるわけです。
ここでこの事業を凍結し、財政に余裕ができ、見通しができた時点で再開をすれば、何の損失にも無駄にもならないということを申し上げておきます。

平松 忠雄 (公明)
2003.06.23 : 平成15年第2回定例会(本会議 第3日目)
小学校給食を含め、トータル的にこの学校給食について、民間委託、また親子給食センター方式とか、いろいろと考えられます。
とにかくどっか1校からでも始めてみてはと思います。
実施に向け検討をよろしくお願いしたいと思います。

〆野 久寿喜
2002.12.10 : 平成14年第4回定例会(本会議 第2日目)
現状の小学校給食、これは自校調理の直営方式を例えば自校調理民営方式に切りかえれば、費用面だけで考えれば約4分の 1ぐらいになるんではないかなと私なりに考えております。
そうすれば、先ほどのお金がない、予算がないという中でも、中学校の給食というんですか、それも 可能ではないかと思います

(たかひら:
この給食センター建設反対について、これだけ反対討論しておきながら、議決で賛成していれば、とんだ茶番ですね。
本人らは「そんなことあるかい!」と怒るでしょうが、公式記録をとることに反対な彼らが、支持者別に賛成と反対を使い分けていないかどうか、市民は不明ですから、自ら、その意見にブレがないことを証明せねばなりませんよ。)

私はもちろん、これにも建設反対です。

『岸和田市はなぜ給食センターを建設するのか?』
でも、貝塚のような業者方式を提案していますし、最寄りの小学校から中学校へ親子方式で配達すれば、給食センター建設まで何年も待たずとも、早期に開始できていたはずです。

市長や議会は、いかにも中学給食が目的のように取り繕っていますが、真の目的は「ゼネコンに儲けを!」だとよくわかります。