刑事裁判関係の学習会で、参加していた地域ボスへの違和感 

「刑事裁判で、知的・精神障がいのある被疑者・被告人に対して、適切な治療や社会復帰配慮が行われていないのではないか?」がテーマの学習会の参加。

私は主催グループの学習会メンバーではないが、何回か参加していて、参加者も旧知の人が何人もいる。

この時の参加者は、裁判員経験者、記者、現場を知るソーシャルワーカーなどの専門職、弁護士など。

「『原記者の 『医療・福祉のツボ』 : コラム : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)」 原昌平が有名な、原さんの「そもそも療育手帳を申請していないが、利用要件を満たす人は、今の3~5倍はいるだろう(全員が取得すれば、保持者は現在の100万→600万人超となる)との指摘は、“棄民国家”と常々指摘をしている私の論とも重なる。

弁護士は、量刑判断について、犯行の経緯(計画的殺人か、介護疲れの無理心中かなど)・様態(殴っての傷害致死か、包丁によるものかなど)・結果で判断され、同じ行為であれば同じ量刑になる行為責任主義をとる。

これをベースに、類似事件のデータを参照して量刑の幅を見た上で、更生や再犯の可能性によって決めるとの、裁判員裁判での過程を説明。

他の記者からも以下2つの先進的事例が紹介された。

① 香川県三木町の社会的孤立を防ぐ取り組み会議

一般会計の総予算の1%を当ててい
一般会計の総予算の1%を当ててい
一般会計の総予算の1%を当ててい

この「百眼百考会議」は、町民が自分たちの払った税金を、自分たちの意志で使う機会として始められた。

メンバーは町民の中から無作為に選ぶ方法を採用し、50人のうち、10人を学生枠として、香川大学の農学部と医学部生を入れている。
予算は、一般会計の総予算の1%(約1億円)を当てていて、その本気度も伺える。

一般会計の総予算の1%を当ててい
一般会計の総予算の1%を当ててい

② 出所者に仕事と教育の場を提供し、社会で生きる力をつける、中間支援施設の取り組み

ヒューマンハーバー福岡のそんとく塾

ヒューマンハーバー大阪の良心塾

両事業と密接なつながりのある、日本財団や職親プロジェクトは事業支援をしているが、仕事のあっせんのみで、生きる力までは及んでいなかったので、資格取得や学習支援も盛り込んだもの。

職親プロジェクトで有名なお好み焼き「千房」ですら、福祉とはつながっておらず、知的障がいのある利用者に対しての支援がなされているとは言い難い。

それゆえにか、鳴り物入りで発表されたこのような事業だが、未だに目に見えた成果が出ているとは言える状況下にないようだ。

私が関係者に訊いた話では、善意の事業につけこんで、働くところのない弱者を安く使おうと考え、人が集まらないような悪い労働環境で働かせる企業もあるというのだから、先ずは協力企業がブラックでなくエンジェルである担保を取った上で、プロジェクト参加資格とすべきであろう。

そんな中、参加者全員がフリートークで話す形式の時間が設けられ、皆が順序良く発言している中、一人だけツッコミを入れるオッサンがいた。

今回の主役X氏である。

特徴は、以下のとおり。

名前は知らない。
年齢は70代のように見える。
リタイヤしているのか、会社の役職などでなく、「自治会長」を肩書として用いている。

議会ヤジでもそうだが、聞いている者をうならせるようなものは、歓迎される感もある。
しかし、Xのそれは、まさに不規則発言というべきもので、突っ込まれる方だけでなく、聞かされる方も「黙っとけ!」と言いたくなるものであった。

一例をあげると、弁護士の説明に「それは〇〇だな」とか、私もメモったし、もっと詳しく訊きたくなった記者の事例説明に「長いな」などと隣席の女性につぶやいていたもの。
その場にいるのは、一定刑事裁判への基礎知識があり、Xに解説をしてもらう必要などなく、単にうっとぉしいツッコミでしかなく、「何度もしつこい一人合点は、トイレででもしろ!」と言いたくなるのを我慢していたのは、私だけではなかろう。
毎週末にかけもちが当たり前になっている市民運動の集会でも、日本会議のようなネトウヨ集会ですら、このようなツッコミをする人に出会うことはない。
例外的に耳ざわりな言葉に遭遇するのは、在特会らデモへのカウンターの場だが、その場合、こちらも同様に差別主義な発言やデモを中止するよう注意しているのであり、ある意味双方向ともいえよう。

そのツッコミが気になり始めたころ、デジャウのように感じて、記憶を辿るっていると、キーワードである「自治会長」が彼の口から出て、私は確信した。
これ、前のオッサンやないか!
気付きだすと「前の」記憶がよみがえり、更に腹立たしさは増した。
その感情を押しとどめているうちに、Xは参加者の発言が続く中、途中退場していった。

そういえば、「前」もそうだった。

「前の」とは、どんな場であったか?
同じグループでの学習会の場であったその時は、グループ討論の場があり、そこでXがした発言に反論したことを指す。
認知症や知的障がいなどのある被疑者の万引き事件で、検察が不起訴とした事に対して、Xは「裁判を受ける権利の侵害だ」などと暴論を吐いた。
私は「法理上はそうなるとしても、現実の有罪率は99%以上であり、被告人と検察の対等性など全くないし、推定無罪も働かない。 実名報道もそうだ」と説明したが、
更にXは「判事からそう説明を受けた」と返答(手帳を見返しつつこれを書いていて、Xが裁判員経験者として集会に参加しているのだと思い出す)。

そこにも重ねて「その説明は建前に過ぎず、現実運用でそんな適用がなされる場面などどこにあるのか?」などとし、更に説明をするもXは聞く耳を持たず、懇親会など事務連絡が始まった(私はその後も参加したので、聞いておく必要があったが、Xは無関係な案内)ことを幸いに「シッ!」などと人差し指を立て、私の発言を制し、終了後は直ちにその場を後にした。

このやり取り中、Xの反論は「判事から聞いた」のみである。
まさに権威主義丸出しで、その言葉が正しいかどうかを調べようともしていない。

当日、スタッフにこの話をしたところ「裁判員だからといって、裁判の仕組みが分かっているわけではないですからねぇ…」と、諫めるように言われたが、今回もXの発言を聞いていて、そのうるささや内容のなさにではなく、方向性に違和感を持つ。
その根底に流れるのは、「俺は被疑者にも、まして刑事被告人威などなるわけがない」との分断である。

森達也氏が英国の大学校で、オウム真理教を撮った『A』3部作の上映会を行った際、「テロやカルトなどと言う言葉が、私と“彼ら”を分断し、思考停止にさせる。 そんな分断などできるはずがないのだから、安易にそれらの言葉を使わず、地下鉄サリン事件など事件名などで呼称すべきだ」との発言が会場からあったと『池上彰・森達也のこれだけは知っておきたいマスコミの大問題』で話している(ちなみにテロやハイジャックの発祥の地は日本赤軍、つまり日本である)。

日本会議や在特会のような事実隠蔽や差別主義者の集まりは別にして、市民の立場に立つ集会で、参加者は被害を受けた当事者の立場に立つ。
そしてどこまで心を痛めても、寄り添う気持ちがあっても、当事者にはなりえない壁も知る。
その上で、被害がなくなるように自分自身が何をできるのかと思い悩んだり、抗うとこに逡巡したりする。

怒りや涙をかみしめた参加者の多くも、会場を出れば、TVのチャンネルでも変えるように、学んだことを全て忘れて「何を食べに行くか?」などと気持ちの切り替えをするわけではないだろう。

しかし、Xや自分と当事者を分断して考える人たちに、そんな苦悩はないし、自分の言葉さえ痰壺のように吐ければよいとし、その言葉の影響などみじんも感じることすらないとしか見えぬ。

まさにXこそが「女・子どもは黙っとれ!」を体現する地域ボスであり、それに対して他者の発言を妨害するようなツッコミにすら寛容に接するのは、“寛容”ではなく、いじめを見て見ぬふりするような”無意識の加害”ではないかとの居心地の悪さを感じた。

“裁判員ACT”裁判への市民参加を進める会会報より 「彼はどうして罪を犯してしまったのか~社会的孤 立と刑事司法~」

先日参加してきた勉強会のまとめを、「裁判員ACT通信」より拝借します。
これは大阪ボランティア協会”裁判員ACT”裁判への市民参加を進める会の企画連続セミナー「裁判員裁判から見えてくる社会的孤立とその課題」(全3回)、第1回目(2016年6月19日)の報告です。

さて、6月のセミナーでは「彼はどうして罪を犯してしまったのか~社会的孤立と刑事司法~」と題しまして、大阪弁護士会の辻川圭乃氏を講師に、知的障害などのある人がなぜ犯罪行為を行ってしまうのか、罪に問われるとき、刑事司法でどのような立場に置かれているのか、いかなる支援が必要かと
いう問題について、3つの事例を紹介してもらい、犯罪行為に至った経過や事件の詳しい内容をお話いただきました。それに加えて、辻川弁護士が携わっている「大阪モデル」についての説明もしていただきました。

事例①は現住建造物放火未遂事件。この事件を起こした男性はてんかんであることはわかっていましたが、知的障害があることがわかっておらず適切な支援が受けられなかったことが事件の背景にありました。

事例②は殺人未遂。この事件を起こした女性は、父親が認知症を患い成年後見人がついたときに、父親からの経済的援助がなくなると絶望し、特に疾患を抱えていない成人したわが子を殺し自分自身も自殺しようと考え、わが子の頭を金づちで殴り怪我をさせました。精神疾患がありながら通院して
おらず、事件を起こす前に適切な支援があれば、生活保護を受給したり、病院で投薬を受けるなどすることで事件を未然に防げたのではないかと考えられました。
 
事例③は殺人事件。この事件を起こした男性は小学生のときのいじめが原因で引きこもりになり、30年間引きこもり続けていました。援助してくれていた姉に自立(生活保護受給)を求められ、姉を殺害しました。精神鑑定の結果、アスペルガー症候群と診断され、二次障害として強迫性障害及び恐怖症性不安障害を有していました。福祉とつながるきっかけが全くなかったわけではないのですが、結局福祉とつながることができなかったことが事件に繋がりました。

今回の3つの事例では、事件に至るまでに適切な支援が得られなかったことが犯罪に繋がりました。

辻川弁護士によると、障害者が加害者となる事件では、その前にいじめや虐待、消費者被害などの被害に必ずあっているとのこと。
精神疾患や知的障害を抱えていない人ならば早い段階でSOSを出すところ、障害のせいで助けを求められず悪循環に陥ってしまうことが多く、結果として、重大な事件に発展してしまったそうです。
辻川弁護士は、障害がなければ事件はなかったと考えるが、単に障害があるから刑を軽くしてくれとは言わない、けれども障害があることで刑を重くすることは絶対にしないで欲しいと裁判員に訴えたいとのこと。

また、大阪弁護士会では、障害者は自己防衛力が低いことに鑑み、2011年11月から被疑者・被告人に障害があると分かった場合に研修を受けた弁護士を派遣する制度を開始しました。

さらに2014年6月からは、大阪弁護士会と大阪社会福祉士会または大阪府地域生活定着支援センターが連携して、いわゆる入口支援(刑事施設入所前の支援)を「大阪モデル」として弁護士会自体のシステムとして運用しています。
辻川弁護士は事件を繰り返し起こしてしまうのはその人が反省していないからではなく、その背景にある、病気や障害、貧困、消費者被害に対応した支援に繋がる環境がないからであって、環境調整を行うことで結果として繰り返さなくなると説明されました。
このような取り組みはまだ始まったばかりであり、司法と福祉の連携は今後ますます求められると感じました。

グループトークでは5つのグループにわかれ、今日のセミナーの感想や講師への質問、日頃の活動や感じていることなどを自由に話してもらいました。

後に各グループからその内容を発表してもらい全員で共有しました。

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以下たかひら:
辻川さんと話す中で、地域で予兆をいち早く発見して、事件化する前に当事者を救済する意味も含んだ、トラブルシューターについての講習受講を勧められました。
その窓口は行政書士の先輩でもあり、今年度の受講を待っている状態です。
最近ではコミュニティの破壊と共に対話の機会が薄れ、ちょっとした近隣トラブルが事件に発展することもあります。
現在、行政書士会の調停員研修も受講中ですが、どのように当事者間の仲立ちをするかの技術を学ぶのは、法知識を実践として活かすためにも大変重要だと実感しています。
後日、辻川さんと共に加害者の更生保護に取り組む中井さん(弁護士)のお話を聞く機会にも恵まれ、そこでも入口支援としての福祉関係者との連携が語られました。
またその顔がパイセンな矢野・兵頭の矢野さんに似ている、同じく発表者であった法務省の保護観察官とは、親しく話をさせていただき、「行政書士なら、保護司となって助けてくださいよ。」といった話も。
岸和田市議では勲章狙いの仕事もしない者がなっている保護司の悪いイメージを伝えつつも、今後検討したいとお答えしました。
同 じ集会では、アメリカの刑事司法についての冤罪研究を発表され、日本で初のえん罪救済センターを世界と連携する形で立ち上げられた、笹倉・甲南大法学部教 授(刑事訴訟法)を「どっかでお見かけしたような…」と思いつつ、挨拶をした翌日、“裁判員ACT”スタッフであったと知らされ、やっと思い出すという恥 ずかしい場面も・・・・
点や線の関係が面として広がるように、私の頭の中の知識も知恵として昇華されますように、と1か月遅れの短冊にでも書いておきたい気持ちです。