伊藤千尋さんによる「望月衣塑子さんの記者魂」その2

伊藤さんの文より。

 菅官房長官を質問でタジタジとさせた東京新聞の記者、望月衣塑子さんの講演会「武器輸出と日本企業」が昨夜あり、行ってみました。正直言って講演の中身よりも「望月さんってどんな人だろう」という素朴な興味から、立川市まで足を運んだのです。


 彼女が登壇すると、「顔が見えません」という声が飛びました。彼女は演台の位置を前の方にずらしました。聴衆は満員の200人。みんな話を「聴き」にきたというより、彼女を「見に」来ていたのでした。

 第一印象は「知的美人」そして「ものおじしない人」です。きっぱりとした口調かつ機関銃のようなスピード、そして学会の発表のような綿密さで1時間20分、武器産業の現状を語りました。専門的な話だし、みんな圧倒されシンとして聞いています。

その後の質問の時間も、武器輸出の質問がいくつか主催者から出されましたが、そんなことよりも会場のみんなが知りたいのは別です。終わり近くになって主催者が申し訳なさそうに「今日のテーマとは違いますが」と言いながら、菅長官への記者会見の件を持ち出すと、会場がにわかに色めき立ちました。こちらこそ聞きたかったのです。

 まず経歴が出ました。望月さんは慶応大学の法学部を出て東京新聞に入社しました。千葉、神奈川、埼玉各県の県警を担当し、その後は社会部で東京地検特捜部や司法を受け持ちました。ほとんど事件記者一本できた、今どき珍しい生粋の社会部記者です。1975年生まれの42歳。記者として最もあぶらが乗った時期です。

 武器輸出の取材にかかわるきっかけは「子どもを産んだあと保育園の迎えなどで『夜討ち朝駆け』ができなくなった。何かテーマをもって取材すればいいのではと上司から言われ、この問題を選んだ」と言います。上司も立派ですね。
 菅長官の記者会見について「加計問題で取材した前川さんやレイプ告発をした詩織さんの思いを直接ぶつけたかった」と言います。官房長官の会見に出席するのはふつう政治部の担当記者で、社会部の記者が出席するのはきわめて稀です。彼女は自分から志願してこの会見に出るようにし、「怖かった」けれど、あえて前の席に座ったそうです。

 ようやく肝心の、菅官房長官への質問攻めのシーンが話題に上りました。
 望月さんは「自分では別にしつこいと思ってなかったけど、あとで(記録を)見るとかなりしつこいですね」と言って会場を笑わせました。そう。相手を質問で追求するのは彼女にとっては当たり前のことで、いつもやっていることなのです。

 望月さんは加えて「自分だけの思いだけだったら、あそこまでしつこく食い下がれなかった」と話しました。加計問題で政府が切り捨てようとした前川さんや、あえてレイプを名乗り出た詩織さんを自ら取材したことが、食い下がりのエネルギー源になったのです。

 ここまでを解説しましょう。実は社会部の記者は政治部の記者とは違ってふだん、基本的にあのような矢継ぎ早の質問を会見でしています。新たに起きた事件などについて知るためには、記者自身が納得するまでとことん聞かなければ取材になりません。実際、僕自身も社会部時代にそのようにしました。
 また、被害者や当事者に接すると「この問題を解明せずにはいられない」という義憤のようなものが生まれます。そのあとで会見に臨むと、自分の思いだけで質問するというよりも、こうした人々の思いを背負って、かれらの代わりに、また解明を求める世論に成り代わって発言するという気もちが前面に出てきます。そのとき、自分でも驚くほどの力が沸きます。

 とはいえ、それを畑違いの政治部の記者会見の場で実行するのは大変なことです。場が違うのだから、いつもの政治部の会見にならって少し遠慮しようという気持ちが沸きがちです。しかも目の前にいるのは権力者です。望月さん自身が「怖かった」と語るように、あまり厳しく追求するのはまずいんじゃないかと及び腰になるものです。それをはねのけて望月さんは見事に記者魂を貫きました。実に果敢な行為です。なかなかできるものではありません。サラリーマンと化した記者や御用記者にはとうていできないことです。
 こうした、ろくに質問もしなかった他の記者についてどう思うか。講演会の主催者は、それを質問しました。望月さんは声高に批判するでもなく、「みんなが聞くべきことをきちんと質問するようになったら、記者会見も変わっていくのではないでしょうか」と淡々と語りました。謙虚かつ深慮の人ですね。
 また、望月さんは日本の報道界に触れ、1972年に佐藤栄作首相が退任の記者会見で「 偏向している新聞は嫌いだ」 と言ったさい、その場にいた記者たち全員が自らさっさと会見場を出ていった過去について語りました。けっして日本の記者が昔からひ弱ではないのです。

 時間切れが残念でした。会場からは「がんばって」「応援しています」など数々の声援、そして大きな拍手が沸き、しばらく鳴りやみませんでした。

 では、なぜ望月さんと違って、他の記者はひどいのでしょうか。望月さんの行動はどんな影響を日本の報道界に与えるのでしょうか。それについて解説しましょう。

 政府の記者会見の映像をテレビで見てやきもきする人は多いと思います。記者がメモするだけで質問しない。質問しても国民の立場や視点に立っていない。政府側の言うことをそのまま垂れ流すだけじゃないか…など。政治部や経済部では、とかくそうなりがちです。政治家とマスコミが癒着しているように見えます。では、なぜ、そうなるのでしょうか。

 悪の根源は、世界にも希な日本の記者クラブ制度にあります。政府や役所の中に記者クラブという組織があり、そこに主要な新聞・テレビの担当記者が常駐しています。役所側にとっては、この部屋に行って発表すれば各社が報道してくれます。マスコミ側にとってみれば、ここに担当者を置いていれば苦労せずともニュースは向こうから跳び込んできます。つまりお互いに便利なのです。両者の利害が一致していれば。


しかし、政治の世界では往々にして政治家は事実を隠そうとし、記者は事実を知ろうとします。利害は相反します。本来のジャーナリズムなら、記者は政治家を問い詰めるのが当たり前です。しかし、今の日本ではどうでしょうか。

 政治家が嫌がる質問をすれば、政治家は質問をした記者にあとで嫌がらせをします。その記者を出入り禁止にしたり取材を拒否したりするのです。そうなると取材できなくなります。他の新聞には記事が出るのに、自分はその情報を知らない。すると社内で無能呼ばわりされます。このため記者は権力者にとって都合の悪い質問はしなくなります。それが慣例化しました。
 本来ならすべての記者が一斉に権力者を問い詰めればいいのですが、今やあからさまに政権にすりよる御用マスコミの記者たちが政治家の側につくので、記者側の団結ができないのです。今回も、望月さんの行動に対して他社の記者たちは東京新聞の政治部の記者に苦情を言ったということです。こんなやつらが日本のジャーナリズムを腐らせているのです。

 こうしたひどい環境ですが、それでも、骨のある記者は望月さんだけではありません。今、朝日新聞で評判の高いコラムを執筆している政治部の高橋純子記者は、かつて森喜朗首相の担当でした。あまりに森首相を厳しく問い詰めるので取材を拒否されました。このときは朝日新聞の政治部の記者が総がかりで応援して取材したデータを彼女に渡しました。社内での連係プレーがあったから生き残れたのです。そういえば望月さんと高橋さんは、感じがよく似てますね。二人とも見るからに凛としています。
 海外では大統領の会見でさえ当たり前のように記者が厳しく問い詰めます。トランプ大統領に食い下がったCNNの記者が話題になりましたが、あれは海外の記者会見ではごく普通に見られる光景です。僕も特派員で海外に出たとき、大統領や権力者を前にして対等の立場で問い詰める記者たちの姿を見て、これが世界のジャーナリズムの常識なのだと知りました。日本の今の報道界があまりに権力べったりで世界の非常識なのです。見せかけだけの報道である亜報道、いえ阿呆道です。

 本当は記者クラブの制度を変えるのが一番です。でも、今の制度でも役人を追い詰めることができることを白日の下に知らしめた点で、望月記者の功績は大きい。望月さんの行動を見て発奮した現役の記者は多いでしょう。これでジャーナリズムを目指そうと考えた学生もいるでしょう。望月さんが果たした役割は本人が思っているより大きいのではないでしょうか。

 これが日本のジャーナリズムを「闘うジャーナリズム」に変えるきっかけにもなってほしいと僕は思います。最後に、望月衣塑子記者にもう一度、心からの拍手を送ります。

伊藤千尋さんによる「望月衣塑子さんの記者魂」その1

ハシシタ氏に食い下がった朝日とMBSの女性記者に対して、会社は守り切ったとは言えない。
佐藤栄作内閣による米との沖縄返還密約での西山太吉さんのスクープを痴話話として、朝日芸能並みのネタに貶めた挙句、西山さんを切った毎日新聞社や他のメディアをほうふつさせる。
最も有名なのはこれ
西山さんは、モックンのような甘いハンサムではないけど。
望月さんの所属する東京新聞も、記者を守る抜くかは疑問である。
それでも彼女は、政治部記者だらけのガースー官房長官記者会見で厳しい質問をする。
それについて彼女は、「自分だけの思いだけだったら、あそこまでしつこく食い下がれなかった」と話す。
伊藤さんも「加計問題で政府が切り捨てようとした前川さんや、あえてレイプを名乗り出た詩織さんを自ら取材したことが、食い下がりのエネルギー源になったのです」と説明する。
私憤が公憤へと昇華した場面であろう。
記者として、取材者として、そんな怒りをどれだけ持ち、当事者との距離を詰められるかは大事な要素だ。
それが出世などが目の前にぶら下げられている、大手メディアに属する男子記者には欠ける。
自分がそれを訊いて、後に閣僚らから疎まれるよりも、会わなくてもより国民や被害者から距離をとり、権力と寝た方が、レイプももみ消してくれるし、家賃が200万円の豪華事務所も借りられる身分に近づくからだ。
社会の木鐸の役目を忘れた、そんな記者は閑職にでも回ればよいのだが、逆に取材者魂を持った読者や社会にとって優秀な記者こそ、管理職からも疎まれ、出世コースを外れ、記者でさえもいられなくなるのが、悲しい現実となっている。
次回は、伊藤さんによる表題の記事をパクってお届けしたい。
望月さんを特筆すべき存在にしているメディア現場こそが異常であるとの前提で読んでほしい。

女性センターで、メディア・リテラシー講座

今どきのメディアをもっと楽しむために 知って得する!メディア・リテラシー講座
講師 西村 寿子 さん
特定非営利活動法人FCTメディア・リテラシー研究所
に参加してきました。
私が「絵日記」と批判している議員らの視察報告では、「勉強になりました」などとして、中身の共有がない。
批判してるのは、
税で働いてる者が、税で行ってる(私費でも、税で食ってる議員バッチ付けて行ってるなら同じこと)なら、プライベートな遊びは別として、市民以上方法を公開して、共有しなさいよ
ってこと。
それでは講義の中身。
1. 1日のメディアとのかかわりをふり返り
テーブルごとで、私の所は、リタイヤ世代ぐらいの女性5名+私。
全体でも男性は少なく、ほとんどが女性参加者。
私のチームの報告:
ラジオやTVつけっぱなしの人多し。
これまでの習慣で新聞購読率は100%かと思っていましたが、意外と数名が購読していない。
雑誌を含めて、本も読まないようです。
天気予報チェックと朝の連ドラは、私以外全員。
ネットも少なかったが、スマホ利用者もいました。
ニュースなどで引っかかった事項を、ネットで更に深く調べ、必要なら書籍にも当たる準備をするとしたのは、私だけ。
2014年でもTVCMは1兆8千億円強の広告費(全広告料金の29.8%)とされているので、まだまだTVは強い人気ですね。
2. メディアリテラシーとは?
・メディアは構成されている(つくられたもの)=鏡
・メディアは「現実」を構成する=すべての事実全体を写すのではなく、一部しか写さない。
トランプ氏のような排外主義思想は取り上げるが、カナダのトルドー首相は28日、ツイッターで「迫害、恐怖、戦争を逃れようとしている人たちへ。信仰にかかわらず、カナダの人はあなたたちを歓迎する。多様性は私たちの力だ」と発信したことは、日本ではあまり知られていない。
など、8項目
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3. CMを見て、そのメッセージを読み取る。
松岡修造氏のマットレスへのファブリーズCMが教材。
・カメラワークやテロップの効果
ファブることで、マットレスや場面が明るくなり、清潔になったような感じを出している。
ワンプッシュで効果があるといった、簡単に使用できるイメージ。
人数が5人(中高生の男子+夫婦)で、驚きの声が大きいように思わせる。
・BGMやナレーション効果
ふった後のマーチ調のBGMで、ファブリーズの効果を元気よく示している。
「日光以上の除菌パワー」で、干したのと同じ効果をイメージさせる。
・ステレオタイプなイメージが使われていたか?
松岡修造氏のやる気元気イワキな、暑苦しく押しつけがましいイメージで、マットレスの除菌が何が何でも解決しないといけない問題だと思わせている。
中高生男子3人の起用は、「汚す原因は、男」とのイメージ。
マットレスに染み込んだ“バイ菌”が、蛍光緑色に光っていた。
時間がないので見ただけだが、CM教材は、もう一本あり、そちらはグーグルのもので、「何を始めたいか」を一般の人々が語るもの。
障がいを持った人や、SOGI(LGBT)の男性、男女や年齢職業も様々で、多様性を示している。
松岡修造氏よりもこっちを題材として欲しかった。
この多様性を、年配の女性がどう読み解くかも興味深いテーマだったのに…
4.まとめ
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感想
講師は豊中市にある「とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ」の職員である。
ならば是非とも、
男女平等推進に対する反動勢力(バックラッシュBacklash)と、それへの行政の対応が問われた初の事件である、館長雇止め・バックラッシュ裁判について、説明が欲しかった。

大阪高等裁判所(塩月秀平裁判長)は、「豊中市の男女共同参画推進センター『すてっぷ』館長排斥は、『人格権侵害』にあたる」との判決を下した。

詳しくは、
『労働法律旬報』 No.1724 2010年7月
『労働法律旬報』No.1724.jpg
事件当初より裁判途中ぐらいまでの経過は、

「館長雇止め・バックラッシュ裁判」関係年表

を参照の事。
そして、そんなネトウヨ市議らの勢力に、どうリテラシー力を持たせるかも語ってほしかったところ。
そして教材は、CMよりもニュースを取り上げ、その嘘を見破るとか見切れた部分、取り上げていない部分に何が隠されているか、どういった事情で隠されたかなどを考えさせればよかった。
前提となる基礎知識や情報がないと、難しいけれど。
タイムリーなMXTV放送のGHCシアターでの沖縄への誹謗中傷&デマを番組映像を見つつやれば、大変盛り上がったかもしれません。

マイケル=ムーア氏は明らかに反トランプである。

マイケル・ムーア、反トランプ映画を電撃発表 – シネマトゥデイ
2016年10月19日 20時11分 (編集部・入倉功一)

より
 以前からトランプ氏への批判を展開していたムーア監督。Twitterを通じた発表によると、映画のタイトルは『Michael Moore in TrumpLand(原題) / マイケル・ムーア・イン・トランプランド』。The New York Times によれば、ムーア監督がオハイオ州の劇場で予定していたワンマンショーを題材にした映画だという。

実際のショーをめぐっては、ムーア監督が現地のコミュニティーボード(地域諮問委員会)による「あまりに物議を呼ぶ内容でリスクが大きすぎる」という判断で劇場のレンタルができなくなったとFacebookで明かし、話題を呼んでいた。

 ムーア監督は現地時間18日に、編集中の様子を捉えた写真と共に、同日ニューヨークの映画館で無料上映を実施するとTwitterで告知。

The Hollywood Reporter などによると、試写にはムーア監督も立ち合い、来月8日に迫った大統領選挙までに、「できるだけ多くのアメリカ人に観てほしい」と展望を語ったということだ。

過激な発言で知られるトランプ氏については、ロバート・デ・ニーロが有権者に投票を促すキャンペーンビデオで、「顔面をぶん殴ってやりたい」と怒りを露わにするなど、ハリウッドスターからも批判の声が相次いでいる。映画は19日から一般上映もスタートするという。


表題通り、ムーア監督がトランプ氏を支持するはずがないのだが、こんなデマや映像が流れている。

ホンマ、なんでも捏造よんな。

バカバカしいので、映像をここには貼りませんので、ご覧になりたい方はリンク先を開いてください。

米国人が感激したマイケル・ムーア監督のトランプ支持のスピーチ / 大統領予備選での不正投票の瞬間 / 米国大統領選挙、不正行為で逮捕者出る

2016/10/31 1:18 PM

より

 一番上のツイートは、マイケル・ムーア監督のトランプ支持のスピーチで、多くのアメリカ人が感激し、かなり拡散されているようです。
このようなスピーチに触発され、精神的な高まりと共にトランプ氏に投票するアメリカ人が多くいることでしょう。
もし不正選挙により民主主義が否定されたならば、民衆が蜂起し内戦になることが想像がつきます。
 次の動画は、イリノイ州、ペンシルバニア州、アリゾナ州の大統領予備選での不正投票の瞬間のようです。
その下のスプートニクの記事によると、米国大統領選挙における不正行為で3名の逮捕者が出ており、”最高40年の懲役刑が科せられる可能性”があるようです。
実行犯が懲役40年ならば、その上にいる者達の刑罰はどうなるのでしょうか。
 イベントに向けた動きが加速しているように感じます。

(編集長)

メディアの魂は批判精神

4月26日 毎日夕刊(大阪版)に青木理氏が連載している『理の眼』で「メディアの魂は批判精神」として、以下のことを書いている。

舞台は2015年3.27放送の『報道ステーション』(TV朝日)の古賀氏発言を扱った4.1『ミヤネ屋』だ。

古賀氏は、「(番組降板について)菅官房長官及び官邸サイドからバッシングを受けた」と突然、発言し、古館氏との間で、‟不可解”なやり取りがあったと発言。

早河洋TV朝日会長は、「その事実はない」と否定し、菅官房長官も否定している。

この話題について宮根誠司氏が百戦錬磨で圧力を知っていてあえて「(報道番組に対して)政治的圧力はあるのか?」と質問をふると、

「政権に限らず、(政治的圧力は)陰に陽に様々な圧力があるのはご存知でしょう?」と発言。

しかし橋本五郎・読売新聞特別編集委員は、
「私は何十年も政治記者をしていますが、圧力を受けた経験なんて一度もありません」と答えた。

青木氏はその後も「放送を見て視聴者に判断してほしい」とまとめようとする宮根氏に「TVで言えないこともある」と原発についての例を挙げ、
「(政治的圧力に)マスコミが委縮している」とも言った。

それに対して、橋本氏は、「そのような事実があれば、報道するのがマスコミの使命だ」と反論したのだが、紙上で青木氏は「あぜんとしました」としてこう反論する。

「もし本気でそう言っているのなら、よっぽどの鈍感か、よっぽど仕事をしていないか、あるいは批判精神が根本的に欠如しているのでしょう。」

続けて「その片隅に私もいます」との自戒も込めて、「メディア自身の批判精神の喪失」の方が、
「外部からの圧力よりも怖い」と〆る。
橋本五郎氏についていえば、21世紀臨調運営委員、公安審査委員会、東日本大震災復興構想会議委員など政府委員をこなしている点から、“政府のイヌ”呼ばわりするのは早計だろう。

しかし、書き手としてはどうか?
読売新聞のような大手新聞社にいて、使い捨てられる速報記事以外、何を書いてきたというのか?

調査記事をかくどころか何も書かないからこそ、中曽根新聞内でその友人であるナベツネの覚えめでたく出世し、生放送でも、お手軽コメンテイターとして系列局に使われているのではないのか?

青木氏が共同記者時代の99年に『日本の公安警察』を出版している。つまり、社員でもタブーに触れる書籍を出版できることを実践しているのだ。
無論、その後フリーになってからの氏は講談社ノンフィクション賞候補となるような『絞首刑』や『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』をはじめとする良質の書籍を上梓し、メディアの本旨である権力批判の文章を残している。

翻って青木氏よりもベテランである橋本氏はどうか?

これをもって橋本氏のメディア人としての姿勢が明らかになろう。

まさしく“政府のイヌ”こそが氏にふさわしい称号であろう、他の多くの電波芸者や恥ずかしくもなく“ジャーナリスト”を自称する紙の紙魚屋と同じく。