ネトウヨ諸氏へ 「南京虐殺がなかった」なら、偕行社や稲田朋美弁護士に知恵つけてあげてください。

南京虐殺について
大日本帝国陸軍の元将校・将校生徒・軍属高等官および、陸上自衛隊と航空自衛隊の元幹部の親睦組織である公益財団法人偕行社が、70年代の「なかった論」が出てきた際に、現地に行き、殺害にも手を貸してしまわざるを得なかった日本兵から批判が殺到し、お詫びした事で、次はハマコー氏が死ぬまで卑怯者呼ばわりして怒っていた石原慎太郎氏らによる数の矮小化が始まり、それも万単位で終息し、書籍などで経過も書かれているのだが、安倍ちゃんやネトウヨらは、書籍を読んだことがあるんかね?
この偕行社関係者らですら、虐殺がなかったことにできなかったのに、日本兵が死ねばなかったと言えるというのか?
それは日本兵を愚弄する事にもなろう。
今「なかった」などという者は、偕行社関係者らの当初の「なかった論」を基礎にしている。
稲田朋美なる有能な弁護士が、日本兵が死んだ後、その遺族を引っ張り出してまで「日本兵加害がなかった」とのデマをでっちあげ、出版社や著者などを相手取って、訴訟を起こしている。
結果は、裁判所に「加害あった」と事実認定をさせ、揺るがぬ事実として確立させ、スラップ訴訟原告として、遺族にも恥をかかせる、噴飯ものな結末を迎えており、「なかった」論者の罪は重い。
ネトウヨらは、何も調べず狂信的に「なかった」と叫ぶ前に、稲田さんらに「遺族に謝罪せよ‼」と迫る方が先じゃないのかね?
それでは「なかった」と言って恥かいた70年代の話について、読みやすそうなのを貼ってあげるね。
南京大虐殺の嘘証明のために偕行社が証言募集 → 証拠出てお詫び
http://1000nichi.blog73.fc2.com/blog-entry-6480.html
より抜粋

犠牲者数について
秦郁彦氏 1986年
 今となっては南京アトローシティによる正確な被害統計を得ることは、理論的にも実際上も不可能に近く、あえていえば”神のみが知る”であろう。
(中公新書「南京事件」(旧版)P207)

  板倉氏は結論として、「南京で死んだ人の数は一般人(城内+江寧県)一・五万人、兵士三・二万人」で計約五万、うち日本軍による不法殺害は、兵士○・八万、一般人〇・五万、計およそ一・三万人と推定、幅を持たせて一万~二万人としておけばよい、と述べている。

  筆者としては、スマイス調査(修正)による一般人の死者二・三万、捕らわれてから殺害された兵士三・○万を基数としたい。しかし不法殺害としての割引は、一般人に対してのみ適用(二分の一から三分の二)すべきだと考える。つまり三・○万+一・二万(八千)=三・八~四・二万という数字なら、中国側も理解するのではないか、と思うのである。
(同 P214)

 南京事件の解明はなお途上にあり、将来の研究に待つ点が少なくない。思いもよらぬところから、新資料が飛び出してくる可能性は残っている。筆者が約四万人と概算した被害者数も、積み上げ推計に基づいているだけに、新資料の出現で動くことになるかもしれず、あくまで中間的な数字にすぎない。
(同 P243~P244)

『偕行』編集部(執筆責任者 加登川幸太郎) 1985年
 結局、不法処理の被害者の数はいくらか
 これは大難題である。この戦史(ゆう注.「証言による南京戦史」)の最後のところで最も難しい問題にぶつかったの感がある。
 この戦史が採用してきた諸資料にはそれぞれの数字がある。だがこれらはもともとが根拠の不明確な、いわば疑わしい数で、その真否の考証も不可能である。その数字をあれこれ操作してみたところで、「ほんとうか」と問いただされても明確に返答し得ない数字になるだけである。

 史料の確からしさの判定は読む人にもよろう。畝本君や従軍将兵の諸氏には、あの南京戦場を走りまわった体験から、そこに起こりうる事象の大きさについての個人的感触を持っている。巷間喧伝される数字がいかに大きくとも、そんな膨大な数があの狭い場所でと、納得できないところがあるのである。ここにこの推定集計の難しさある。だがなにがしかの答えは出さざるを得まい。

 まず、畝本君の判決である。

<参戦者の証言資料によれば不法に殺害したとされる事案に多くの疑問があるが、今日においてその真偽を究明することは不可能である。況んや広い戦場において「虐殺か否か」を一々分別し、虐殺数を集計することなど今においては不可能事である。

 人はよく質問する。「虐殺の真数はいくらか」と。

 「ある程度は推定し得るが、真相はわからない。強いていえば、不確定要素はあるが、虐殺の疑いのあるものは三千乃六千内外ではあるまいか」、と私は答えるしかない。>

 三千はもとより六千とは途方もない数字である。

 何処で何時不法処理が行われたろうかの事例は前号までの戦史で述べた。第十三師団の幕府山付近、第十六師団の下関付近、第九師団の城内掃蕩、第十六師団関係城内敗残兵摘出、その他各師団の掃蕩など、事例は、判明している限りを明記した。読者諸君それぞれに推定し、そして集計することが可能なはずである。

 そしてこの同じ史料を使用して推測した別の集計がわれわれ編集部の手許にある。板倉由明氏の集計されたものである。

 同氏は、捕虜になってから殺害された者の数を全師団正面で一万六千と算定し、その内半数の八千を不法に殺害されたものと推定する。そして一般人の戦争による死亡を城内、城外で約一万五千(スミス調査である)として、その内不法に殺害された数を三分の一の五千と算定した(これらの算定を畝本君は過大ではなかろうかとするところに両者の違いが出てくるわけである)。

 従って南京の不法殺害は計一万三千人である。板倉氏はこれが「現時点での」推定概数であるとする。これまた、途方もなく大きな数字である。

 畝本君の三千乃六千、板倉氏の一万三千、共に両氏それぞれの推定概数であって、当編集部としてこれに異論を立てる余地は何もない。これを併記して本稿の結論とする。

 中国国民に深く詫びる

 重ねて言う。一万三千人はもちろん、少なくとも三千人とは途方もなく大きな数である。

 日本軍が「シロ」ではないのだと覚悟しつつも、この戦史の修史作業を始めてきたわれわれだが、この膨大な数字を前にしては暗然たらざるを得ない。戦場の実相がいかようであれ、戦場心理がどうであろうが、この大量の不法処理には弁解の言葉はない。

 旧日本軍の縁につながる者として、中国人民に深く詫びるしかない。まことに相すまぬ、むごいことであった。

(「証言による南京戦史」(最終回) <その総括的考察> = 「偕行」1985年3月号 P17~P18) 

「まぼろし派」の語源ともなった鈴木明氏
鈴木明氏 1973年

 そしていま、もし請われて、僕がどうしても「南京事件」について記述しなければならないとしたら、僕はおそらく、次の数行だけを書いて筆を止めるだろう。

「[南京事件] 昭和十二年十二月、日本軍が国民政府の首都南京を攻め落とした時に起きた。この時、中国側に、軍民合わせて数万人の犠牲者が出たと推定されるが、その伝えられ方が当初からあまりに政治的であったため、真実が埋もれ、今日に至るもまだ、事件の真相はだれにも知らされていない・・・」

(「「南京大虐殺」のまぼろし」P268) 
鈴木明氏 1999年

王氏は
「それでは、貴方は”南京大虐殺”はなかった、と思っているのか」
と、すぐに聞き返した。

これは、予期していたことだったので、一字一字ゆっくりとわかるように、こう答えた。

「”幻”という字が、中国では”虚”という字につながっていることは、僕も知っています。(中略)”まぼろし”という日本語は、日本の古語にある ”真秀ろば” (まほろば)という意味もあり、これは”すぐれた国土”という意味です。現在日本人が使っている ”まぼろし” には、 ”虚” ”実” ”秀” などのさまざまな漢字のほかに、つかもう、と思ってもつかむことの出来ない憧れのような意味もあり、この極めて日本的、また情緒的な題名を正確に中国語に訳すのは、多分不可能であると思います。

だから、いま王先生が質問した”あったか、なかったか?”という答えに、僕の本は何も答えてはいません」
(「新「南京大虐殺」のまぼろし」P30~P31) 

 「偕行」編集担当だった高橋登志郎常務理事によると、証言を集めて論文を書いていた畝本正巳(うねもとまさき)元車隊小隊長・元防衛大学教授は、実際にハイ色やクロの証言は当初不採用にしていたようです。

以下、「偕行」編集部による『「証言による南京戦史」(番外) <会員投稿に答える>』(『偕行』1985年5月号)での発言
「南京戦史の総括的考察に反対された方へのお答え」より

「偕行」編集担当常務理事  高橋登志郎
第35軍作戦参謀:加登川幸太郎
 加登川サンが総括したこと

(略)

 3月号の加登川論文は突然出て来たのではないのである。そしてこの論文は、加登川サンの原案を、1月12日丸々一日かけて、畝本サン、戦史部の森松サン、原サン、及び私と細木君とで十二分に検討し、畝本サンの全面的同意を得て出来上がったものである。

 そもそも59年4月号より連載された畝本論文は、それまでに得られた証言・資料をもとにして、言わば見切り発車した論文であった。しかも畝本サンは当然であるが、シロとあれかしと願う心が強かったので ― もちろんこれが畝本サンのエネルギーの源泉であったが ―ハイ色やクロの証言は証拠不充分として、没にしていたものもあったのである。

 逐次戦闘加入した畝本論文も、一次資料にもクロが出だすと、クロ証言も取り上げざるを得なくなった。正に軌道修正である。 

 従来のシロ主張論は通らなくなったのである。8月号以降をもう一度読んで戴ければ解る。畝本サンはいろいろな面でお困りになったと思う。「困った、困った」と苦渋に満ちた顔は忘れられない。

 畝本サンがたとえ3千でも、クロの結論を書くことは非常な決心が要ることであった。140名を超すシロ主張の各部隊の方々の名前や顔が浮かんでくるであろう。クロやハイ色の結論を書けるわけがない。「不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるものは3千乃至6千」とご自分の頭にありながら、畝本論文の2月号における最終回論文においても、畝本サンはもろもろのクロ、ハイ色証言を殆ど否定されておられるのである。こういう畝本サンの心情を察知された加登川サンが「俺が書こう」と言いだされたのである。

 正月休みに非常な決心をもって締めくくりの原稿を書かれた加登川サンには、今年の正月の酒は極めて苦い酒であったと思う。

 この原稿が活字になるまでは前述した。

 畝本サンはいやいや加登川サンに譲ったのではない。「加登川サンが書いてくれてホッとした」という私に洩らされた畝本サンの一言がすべてを物語っていると思う。

(P10)

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投稿者:

watchdogkisiwada

岸和田市の財政位破綻を止める!! 財政破綻が明らかになるほど税金を食いつぶされながら、議会も見て見ぬふりをする 土建屋ファーストな市政を正す!! あまりにもひどすぎる馴れ合い議会がチェックしていない、議員特権や行政の無駄などを、岸和田で初めて私が追及、是正させています。 あなたの“かかりりつけよろず相談員”としての使命に励みます!! 行政書士としてトラブル予防を、 防災士として防災や防犯を、 柔道整復師として健康について、 ご相談、承ります。 情報、批判はコメントいただくか、 メールアドレス:kurohata73@yahoo.co.jp 電話:080-6178-6006まで! 岸和田市議や市長らは私の追及に逃げまどっていますが、自民・公明・維新などのネトウヨ政治家だけでなく、共産・民主他どんな議員とも公開討論、受けて立ちます!! 【メディア出演】 TBS「ビビット」、MBS「VOICE」、ABC「キャスト」他ニュース 読売・産経・朝日・毎日の各新聞社で、その活躍は、度々紹介されています。

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