南出賢一・元泉大津市議の出身母体である、神谷宗幣氏率いる龍馬プロジェクトなお話

龍馬などという武器商人グラバーのパシリが、なぜ明治維新の象徴のように言われるのか全く理解できない、たかひらです。
維新三傑と言われる西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允や、岩倉具視、中岡慎太郎などの後に坂本龍馬が出てくるのであれば理解するが、司馬創作小説によって格好いい主人公に祭り上げられた龍馬イメージだけを表層的に取り上げるのは、「ドラえもんの会」とか「ウルトラマンの会」としているのと同じである。
私も歴史には強いわけではないが、教科書程度を見ても龍馬がトップの貢献度ではない程度は分かろうというものだ。
で、維新とか龍馬などとの歴史を無視したデマイメージを掲げる会には、懐疑的となる。
維新は革命ではないし、船中八策などもデマだしね。
そしてそんな龍馬プロジェクト代表である神谷氏のイカサマぶりは、前回、メンバーに問うた通りであるが、別途ネタを教えてもらったので、公知の事実ではあるが、書き残しておきます。
「『レッドカーペットを歩かせてやろうか』が口説き文句の神谷はまだ生きているのか?」
私が南出賢一・元泉大津市議の話をする流れの中で、自民筋のネタ元は、あきれ顔でこう言った。
「(神谷宗幣氏率いる)龍馬プロジェクトはまだあるのか?」
「連続で2回落選したら、(政治的には)死んだ者だ。」とも続けた。
神谷氏の最近の政治情勢はこうだ(ウィキペディアから引く)。
2007年(平成19年) 大阪府吹田市議会議員選挙に立候補し、当選。会派「吹田新選会」を立ち上げる。
2009年(平成21年) 「大阪教育維新を市町村からはじめる会」を結成。
2010年(平成22年) 関西州政治家連盟代表,龍馬プロジェクト全国会会長。地域政党龍馬プロジェクト×吹田新選会幹事長。
2011年(平成23年) 吹田市議会議員選挙に立候補し、当選(2期目)。吹田市議会副議長に就任。
2012年(平成24年) 自由民主党大阪府第13区支部長に就任。同党公認候補として第46回衆議院議員総選挙に出馬するも西野弘一に敗れ、比例復活もならず惨敗。
2013年(平成25年) インターネットチャンネル「CGS」(Channel Grand Strategy、チャンネルグランドストラテジー)を開設し、や歴史や文化、政治・経済をテーマに番組を配信。

2015年(平成27年) 大阪府議会議員選挙(吹田市選挙区)に無所属で立候補するも落選(6人中6位)、トップの候補者とは3万票の大差。

今でも自民党HPで、神谷氏は大阪13区支部長となっている。

これを指摘すると、彼は「神谷に自民党はカンカンだよ。」と説明をしてくれた。

そもそも神谷氏が吹田でなく東大阪選挙区から出るきっかけとなったのは、西野一家の存在。
東大阪は1975年より府議となった陽氏をパイオニアとする西野王国であった。
陽氏は、府議を5期務めた後、一旦落選したものの、自民党→新進党所属として96年の第41回衆議院議員総選挙で、11期目の当選をめざす自由民主党総務会長の塩川正十郎氏を破って当選。

その後も自由党→保守党→自由民主党と変遷し、2009年まで5選を果たし、2012年第46回衆議院議員総選挙を迎える。

ここで陽氏は出馬を宣言。
自民党としても当然所属候補として公認していた。
ところが、ここで陽氏は裏切る。
公示日直前に引退を表明したのだ。

それは息子の弘一・府議の出馬へ向け、衆議員へのカーペットを敷く工作だったのである。

空いた穴を維持でも埋めるべく、自民党が白羽の矢を立てたのが神谷氏である。
使い捨ての落下傘候補を神谷氏が受けた点については、自民党も納得していたようだ。
神谷氏にしても自身の立身出世こそが目的の集団を率いる長として、また、前述のレッドカーペットな口説き文句に真実味を出すためにも国会議員の輩出チャンスと捉えただろうことは想像に難くない(未だに龍馬プロジェクトに国会議員はいない)。

自民党と神谷氏の合作の夢は、自民党内会派としてくすぶっていた自民党・維新の会の松井一郎・知事や浅田均・参議員といった選挙 に弱い府議に合流で光を与え、大阪維新の会として独立へ踏み出させた弘一氏の当選によって破られる。

ウィキペディアでは、
弘一氏は自身の当選について、「府議として大阪で改革を進めてきた成果を認めてもらったことと、大阪維新の改革を日本維新につなげてほしいという有権者の思いがあったことが勝因だ」と述べている。
この選挙では、当初日本維新の会は大阪13区の候補者擁立を「(西野父子に)親子で(敵味方に分かれて)戦えとは言えない」(幹事長の松井一郎大阪府知事)等として、見送る予定ではあった。
しかし、前述のように父の陽が引退したことを受けて、急遽、弘一を擁立した形となった。
などとしているが、誰がこの説明を信じるだろうか?

自民党は、この結果を受け、「党の規律を乱す行為」として陽氏を除名。

そして迎えた次の選挙。
弘一氏は、2014年の日本維新の会解党に伴い、石原慎太郎共同代表の率いる次世代の党に、幹事長代理として参加。
同年の第47回衆議院議員総選挙では、自身と同じく府議任期途中で出馬した、宗清皇一(自民)候補に敗れる。
宗清氏は塩じぃの秘書であり、陽氏から引きずる塩川VS西野戦争の第2幕であったと言えよう。

ちなみに弘一氏は、2015年11月7日、Twitter上で次世代の党からの離党を報告したようだ。

2014年衆議院選になぜ、現職府議が出たのか?
当時、府議会で、自民は維新に議席数では負け(45VS15定数109)ている(2015年より42VS25定数85)。
1議席でも減らしたくはなかっただろうが、タマがなかったのだ。

それは神谷氏がトンズラしたから。

通常、落選後も候補者はそこで次の選挙準備に入る。
他の自民候補がいない状態であったのだから、自民党としても神谷氏に期待した。
ところが、神谷氏はとっとと吹田に帰ってしまう。
そして2015年の府議選出馬・落選だ。
自民党の怒り心頭ぶりは、私でも理解する。

そんな自民党に泥をかけた神谷氏と 立身出世な志を同じくする南出氏を、自民議員らがなぜ応援するのか、私には理解不能である。
南出氏にしても、神谷氏の真の仲間であるなら、ヒトとしてのその振る舞いを注意すべきであろうが、利得仲間であればこそ、徹底した利己主義を貫く神谷氏にかける言葉はなかったのではないか?
南出氏自身がその立場でも同じことをしたよ、とでもニヤリとするのか見知れぬ。

いやしくも与党所属である自民議員は、同じ考えではなかろうとも思うが、自分党を体現する人もいるようだ。
応援している一人である坂本健治(自民)和泉市議の座右の銘は「かけた情けは水に流せ。 受けた恩は石に刻め。」だそうである。
皮肉なこの言葉は、神谷氏やその仲間である南出氏と、坂本氏が同じ考えだと示しているように読める。

くしくもこの3人ともが私から逃げまどっているので、説明を聞く機会が訪れるのかとつぶやくしかないのだが…

冒頭のネタ元は、龍馬プロジェクトの14名が、2010年8月24日からの2泊3日で、李登輝・元台湾総統に会いに行き、撮った写真にも「こんな有名人と知り合いですとでも言うような恥ずかしい写真」と指摘。
私も有名人とツーショットの写真を何枚もアップしているので、それを知ってますなと訊くと「あなたは、その有名人をも批判してるんだから、彼らとちょっと違うよ」なんだと。

「自民党議員でも、そんな有名人との写真や、どこそこへ行ったとの絵日記をよく見るけどね。」
この私の言葉はスルーされてしまったが、面白い話だったので、ネタとした。

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投稿者:

watchdogkisiwada

岸和田市の財政位破綻を止める!! 財政破綻が明らかになるほど税金を食いつぶされながら、議会も見て見ぬふりをする 土建屋ファーストな市政を正す!! あまりにもひどすぎる馴れ合い議会がチェックしていない、議員特権や行政の無駄などを、岸和田で初めて私が追及、是正させています。 あなたの“かかりりつけよろず相談員”としての使命に励みます!! 行政書士としてトラブル予防を、 防災士として防災や防犯を、 柔道整復師として健康について、 ご相談、承ります。 情報、批判はコメントいただくか、 メールアドレス:kurohata73@yahoo.co.jp 電話:080-6178-6006まで! 岸和田市議や市長らは私の追及に逃げまどっていますが、自民・公明・維新などのネトウヨ政治家だけでなく、共産・民主他どんな議員とも公開討論、受けて立ちます!! 【メディア出演】 TBS「ビビット」、MBS「VOICE」、ABC「キャスト」他ニュース 読売・産経・朝日・毎日の各新聞社で、その活躍は、度々紹介されています。

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