「戦争を教えてください」 フジTV 2015年8月15日、19時から23時放送

いつもTV番組の情報などを教えてくださる、坂井貴司さんからの情報です。

そのまま転載します。

小栗旬、松坂桃李、福士蒼汰、有村架純、広瀬すずといった20代、10代の俳優
が、太平洋戦争を経験した人たちから「戦争を教えてください」と聞き取りをす
る番組でした。

私はこの番組を疑いの目で見ました。

フジテレビはご存じの通り、右翼メディアの筆頭であるフジサンケイグループ
の中心企業です。一億総白痴化を推進する下品なお笑い番組とバラエティ番組、
そして中国や韓国、北朝鮮を敵視する政治番組を柱としています。

ねつ造もします。

6月5日放送の金曜プレミアム『池上彰 緊急スペシャル!』で、韓国人の女性が
「文化がたくさんあります。だから、外国の人がたくさん訪問してくれているよ
うです」と発言したのを、「嫌いですよ、だって韓国を苦しめたじゃないですか」
と字幕を付けて放送しました。韓国語がわかる視聴者から抗議が殺到しました。

お詫び

フジサンケイグループを巨大化させた「産経のドン」鹿内信隆が太平洋戦争中、
慰安所設置に関わっていたこと

「慰安所を設置した産経のドン」

もあり、私はこの「戦争を教えてください」を最初は偏見の目で見ました。育鵬
社の中学校歴史教科書のように、大東亜戦争(太平洋戦争)はアジアを解放する
ための正義の戦争だったとか、神風特攻は崇高な使命を果すものだった、などを
言うと思いました。

それは大きく外れました。

戦争の悲惨さ、酷さ、愚かさを伝える極めて真っ当な内容でした。本当にあの
フジテレビの番組なのかと驚きました。

福士蒼汰が、茶道の宗家で日本会議の会員である千玄室から、神風特攻の話を
聞きます。

日本会議の会員である千玄室ですから、神風特攻を称えるのかと思いきや、語
ったのは、神風特攻の無残で残酷な現実でした。

千玄室は証言しました。

「私は日本を守りたいと、海軍航空隊に入った。訓練を終えると、神風特別攻撃
隊に配属された。鹿児島県の鹿屋基地で出撃を待った。
神風特別特攻は実は成功の見込みがない攻撃だった。12機の内、2機が沖縄にた
どり着ければよかった。それで敵艦に突入できたのはほとんどなかった。
基地にいた私は特攻機が電信を出すのを聞いていた。敵艦に突入するのは聞い
たことはなかった。みんな途中で撃ち落とされた。それを聞いて、おれもこのよ
うにして死ぬのか、と暗い気持ちになった。
私は茶道をしているから、茶道具を持ち込んでいた。出撃が決まった者にお茶
を立てた。
その中に親しくなった友人がいた。羊羹を食べてお茶を飲むと彼は言った。
『ああ、生きて帰れたら、お前の茶屋でお茶を飲みたいなあ』。
そして立ち上がって、故郷の方向を向いて
『お母さーん』
と大きな声で叫んだ。
すると一緒にお茶を飲んでいた他の隊員たちが次々と立ち上がって、
『お母さーん』
と叫んだ。
70年経っても涙が出てくる」。

千玄室は神風特攻の命令を待っていた内に、敗戦を迎えました。
毎年、千は鹿屋で開催中される慰霊祭に出席して、死んだ戦友のためにお茶を
立てるそうです。

沖縄戦を撮影したフィルムの中に「白旗を掲げる少女」の映像があります。棒
につけた白旗を掲げて、アメリカ軍に降伏する場面です。その少女は比嘉富子さ
ん。現在も健在です。

有村架純が比嘉富子さんに沖縄戦を聞きます。比嘉さんは言います。

「地獄に行ったことはないけれど、地獄は見たね。沖縄戦は地獄だったよ。
アメリカ軍が上陸するとお父さんと弟、姉と一緒に南へ逃げた。兄は軍隊に駆
り出されていた。
銃弾の雨がふったよ。たくさん人が死んだ。道は死体で埋まっていた。まず父
が死んだ。それから弟が死んだ。寝ていた時に流れ弾が頭に当たって死んだんだ。
頭に穴が空いていた。姉も死んだ。私はひとりぼっちになって逃げ回った。
喉が乾いてたまらなかった。水を探した。水たまりがあって、飲もうとしたら、
ウジ虫で一杯だった。死体から流れた血が水たまりに流れて、そこにウジ虫がた
かっていた。私はとにかく喉が渇いていたから、血とウジ虫が混じった水を飲ん
だ。口の中でウジ虫がもぞもぞしているのを感じた。もう私は人間じゃなかった。
早く死にたいと思った。
逃げ込んだ壕に年寄りの夫婦がいた。おじいさんは両手の手首がなかった。爆
弾で吹き飛ばされたんだ。おばあさんも爆弾の破片で目が見えなくなっていた。
おばあさんは手探りで私の顔を触った。女の子だとわかると、水を飲ませ、黒砂
糖を私にあげた。しばらく、その壕で夫婦の世話をした。
やがてアメリカ軍が近づいてきた。アメリカ兵は壕やガマ(洞窟)に爆弾や毒
ガスを投げ込み、火炎放射器で焼いた。おじいさんは私に言った。『白旗を作る。
それを掲げてアメリカに降参しなさい。白旗は世界共通の降参の印だから、撃た
ないはずだ』。おばあさんはおじいさんのふんどしを歯で噛み切って、手探りで
棒の先に付けた。私はそれをもって外に出た。それで助かった」

あまりにも凄惨な話に有村架純は声を失いました。

東京外語大学の学生のイェリン・セーラさんが、太平洋戦争の時、アメリカ陸
軍航空隊の戦闘機パイロットだった祖父ジェリーさんに会いに行きます。
セーラさんは父がアメリカ人、母が日本人です。生まれ育った東京が東京大空
襲で壊滅したことを、早乙女勝元の本で知ってから、アメリカ軍による日本本土
空襲を調べています。

横浜空襲を考える集会にセーラさんは出席しました。
横浜空襲を生き延びた人に、アメリカをどう思いますか。と尋ねました。

「今も鬼畜米英と思っています。だって戦争ばかりをしていますからね」

セーラさんは泣きました。
中学校卒業いらい久しぶりに会った祖父ジェリーさんに、どうして戦闘機パイ
ロットになったのかを聞きました。

「真珠湾攻撃を聞いて当時17歳だった私は強い怒りを感じた。祖国が奴らに攻
撃されている、戦うべきだ!と、軍に入った。」

ジェリーさんはP51ームスタング戦闘機に乗って、Bー29爆撃機の護衛と、無差
別機銃攻撃に参加しました。

「おじいちゃん、その時日本人を何と思っていたの?」
「何とも思っていなかった。日本人は撃破すべき敵でしかなかった。人を殺して
いるとは思わなかった。そうでもなければ、戦争なんてできないよ。命令される
まま、撃ちまくった」

ジェリーさんは東京郊外を攻撃した状況を撮影した映像を見せました。それは
セーラさんが通う東京外語大学がある武蔵野でした。
ジェリーさんの戦友のアルさんは、日本を空襲をしていた時、撃墜され戦死し
ました。アルさんが戦死した時に作成されたアメリカ軍の報告書をセーラさんは
持ってきて、見せました。しかし、ジェリーさんは

「読みたくない!アルが死んだことはわかっている。
彼の最後の交信は『やられた。何も見えない』だった。それでも必ず生きて帰
ってくるはずだ、と私は帰りを待った。だが、帰ってこなかった。」

と書類をはねのけました。

ジェリーさんは70年経っても、戦友の死に苦しんでいました。

ジェリーさんは言います。

「戦争中、私は日本人を人間とは思っていなかった。だが、戦争が終わった後
日本に進駐して日本人を見た時、彼らは人間だとわかった。私は人を殺していた
のだと思った」

ジェリーさんは70年ぶりに来日しました。
ぜひ孫のセーラさんに見せたいものがあると、静岡市のしずはた山に登りまし
た。
山頂には静岡空襲で死亡した市民と、空襲を行って戦死したアメリカ軍パイロ
ットの慰霊碑があります。この慰霊碑に祀られているアメリカ軍パイロットは、
撃墜されて生きて地上に降りたものの、市民のリンチによって殺されたのです。
戦後、ある人が私費を投じて、殺害されたアメリカ軍パイロットを追悼する慰霊
碑を建てたのです。

ジェリーさんはセーラさんに言います。

「戦争は、人間を人間でなくす。この慰霊碑を建てた日本人は、人間であろうと
したんだ」

次に、『ゴジラ』第一作目にも出演した往年の俳優、宝田明さんが出演しまし
た。

宝田さんは8歳から11歳まで満州(中国東北部)に住んでいました。その時、ソビ
エト軍の侵攻に遭遇しました。
宝田さんは住んでいたハルビンを訪れました。かつての自宅跡に行きました。
そこで宝田さんは中国人たちから言われます。

「あの時、日本帝国主義者たちは中国人を虐殺した。強姦し、略奪した。これが
正しいことか!」

宝田さんは黙って聞きました。

宝田さんは、ある場所に来ました。

「ここです。ここで僕は恐ろしいものを見ました。
ソビエト軍兵士二人が、日本人女性を連行していくのを目撃しました。『助け
て!』と叫び声を上げるので、後を追いかけると、女性をレイプしているのを目
撃しました。ソビエト軍はなんて酷いことをするのかと憎みました」

宝田さんはシベリアへ連行される日本人捕虜を見に行きに駅に行きました。す
ると、ソビエト兵が発砲しました。銃弾は宝田さんの腹に当たりました。宝田さ
んは重傷を負いました。傷跡は今も残っています。

宝田さんは。当時仲良くなった中国人女性と再会しました。70年ぶりに再会し
た彼女は宝田さんを覚えていました。「まあ、久しぶりね」と快く迎えてくれま
した。彼女は当時、飢えに苦しんでた宝田さんを助け、励ましました。

「国家は対立しても、人々はつながりあうものです」

と宝田さんは言いました。

3時間にわたるこの番組は、フジテレビにも良心を持つスタッフがいることを教
えてくれました。

戦争を賛美する本が書店で平積みにされ、ネット上には「偽歴史」なるものが
あふれている中で、太平洋戦争を被害の面だけで語る限界はあっても、そこでい
かなる悲劇があったかを伝える番組でした。

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投稿者:

watchdogkisiwada

議会の無駄遣いを正して、府下ワーストに高い国保・介保料の値下げや、子ども・高齢者施策など、市民利益への還元を! あなたの“かかりりつけよろず相談員”としての使命に励みます!! 行政書士としてトラブル予防を、 防災士として防災や防犯を、 柔道整復師として健康について、 ご相談、承ります。 放漫市長と議会が大赤字にした岸和田市政を立て直す!! あまりにもひどすぎる馴れ合い議会がチェックしていない、議員特権や行政の無駄などを、岸和田で初めて私が追及、是正させています。 情報、批判はコメントいただくか、 メールアドレス:kurohata73@yahoo.co.jp 電話:080-6178-6006まで! 岸和田市議や市長らは私の追及に逃げまどっていますが、自民・公明・維新などのネトウヨ政治家だけでなく、共産・民主他どんな議員とも公開討論、受けて立ちます!!

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