水ノ上成彰・堺市議議長就任祝いに行ってみる。 保守の知恵について

質問への回答も後に掲載しますが、官僚ぶった中身のない回答でした。
維新と言えば、役人を叩いて人気を得る手法ですが、私が既得権益の奪い合いでしかないと議会内勢力争いについて批判するように、事務処理能力や交渉能力についても、血の通わない、役人力を役人よりも発揮するのが“維新スピリッツ”だと応えてくれています。

何より私が驚いたのは、歴史認識について「資料を見てない」と答えたことです。
これは慰安婦について、
『中山泰秀衆議員に送る、日本側による従軍慰安婦資料』

といった説明の後、「研究の第一人者である吉見義明氏・中央大学教授、林博史・関東学院大学教授の資料のどこに問題があると考えるのか?」と聞いた時でした。
彼は、「両者の著作を見ていないし、見る時間もない。 歴史検証については、研究者に任せたい。」と、恥じることなく回答したこと。

まさに前のめりに座っていたソファーから、ずり落ちそうになりましたわ!
自分お考えに都合の悪いものには目をふさいで、それでも自分が思うような者こそが真実であるかのごとく吹聴しまわる。
「そのようなデマを、議員の肩書で吹きまわるのはおよしなさい。 市民も恥ずかしいですわ。」と伝えても、返答はなし。
議員は、自身の発言に関して、調査能力が信頼性の欠落にもつながり、命取りともなるので、最も重要だと私は考えていますが、維新ではでまかせでも発言責任は問われないと考えているようです。

まさに
「政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ。
自分の権力欲を達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければいけないわけよ。
ウソをつけない奴は政治家と弁護士にはなれないよ!嘘つきは政治家と弁護士の始まりなの。」by『まっとう勝負!』
なる橋下徹・創始者の言葉を厳守する固い信念を見た思いです。

支持者とのやり取りでもこのような姿勢は見られます。

研究者の誰も資料として使っていないし、私も対話の中でヨの字すら出していない吉田証言を元にしていると、自らの脳内革命満開で妄想に基づくデマを言いたてた固執し続けた挙句、
「一連の「強制連行」「性奴隷」が、偽りである「吉田証言」に基いていた」なんちゅう「事実」はどこにあるんかね?
吉見・林さんらの著作や論文から抜き出してよ。
と反論すると、
「すみません、吉見、林さんという方を知りません。
どちら様?」
ととぼけ上げる様には、驚愕するしかありません。

続きも少し
たかひら:
世界で最も性奴隷研究をしている二人を知らんなら、話にならんね。
自分の出してきた証拠とやらはどうやって裏取りしたり検証してるんかね?
自分の意に添う見つけたものは全て、真実だ!ババーンか?
証拠とやらを公の場に提示するなら、ホンマかどうか検証してからにするのが、基本ルールだよ。

支持者 希さん(仮名):
それはご自分のことでしょう?(笑)
高比良さんはご自分が本筋に触れる事が出来なかったら、どんどん横道へ逃げ込むくせに・・・

たかひら:
私は資料提示するのに、原則として根拠を示しているし、自分で一定は確認した上で、それに基づく発言もしている。
それが、資料を見もしない者と同胞だと扱われる違和感ったらない。

1問1答でどうぞ。
で、そんな「逃げ込む」私から、あなたが支持する維新議員らをはじめ、ネトウヨ政治家やその支持者は、逃げまどっていますがね。

この人じゃありませんが、愛子さん(仮名)という維新信者もこのような論調でした。
最後っ屁はコチラ↓
「不快な思いをさせたのでしたら謝罪します、しかしいつも同じ事を言うかは分かりません。」

このような自身の無知をさらけ出しても恥じない姿勢こそが、皮肉にも現在総称される“保守”だと示しています。
ただし、これは本質的ではない。
(これ以下は小難しい話ですので、ここで読み終わっていただいても内容に変わりはありません。
要は、「戦後“保守”は勉強しない」との説明です。)

戦前からの著名な文芸批評家の小林秀雄氏は、「伝統的教養」としての「健康な保守性」の涵養こそが知識人の要件と説いている(『作家の顔』「若き文学者の教養」)。
日本の保守主義は、丸山眞男が「せいぜい反動に水を割った観念として消極的に位置付けられるにとどまるので、・・・ますます保守反動という一括した使い 方が定着した」(『反動の思想』「反動の概念」)と示した後に「日本に保守主義が知的及び政治的伝統として殆ど根付かなかったこと」こそが、「一方進歩 『イズム』の風靡に比して進歩勢力の弱さ、他方保守主義なき『保守』勢力の根強さという逆説を生む一因」をなしていると示すように、学びが不足していても 容認されている。

これは、久野収も「保守」を自称した漱石門下生と、戦中に極右に相槌を打つという迎合にいそしんだ白樺派が合流した 『心』グループを指し、「反俗的なエリート意識」=「精神の貴族主義」の保持、「文化主義」=文化的遺産を摂取し、保持することを重視しつつも、実感・感 傷的であって理性的でもなければ社会科学的ではない、「伝統意識」=日本及び世界の一流の伝統を消化し、日本お中で個人が主体的に生かしていくという考え 方、「思想=教養主義」=「反俗的なエリート意識」とは、社会的にエリートまで上り詰めた同人たちが人格主義に結集している哲学主義、実証知を軽視し教養 知や個人知を重んじる人物主義、主観主義である(『戦後の思想』「報告 日本の保守主義」)としている。

現在の“保守”がシンボルのように持ち出す三島由紀夫においても「インテ リが触れてはならぬと自戒しているいくつかの思想的タブー」が武士道=『葉隠』、国学では平田篤胤 神学(復古神道) 、その後の政党右翼思想、天皇崇拝であり、明治の開明主義者が西欧的合理主義の移入者であり代弁者であるところに、自己のプライドを根拠を置いてきた明治 初期の留学生の気質によって、決して西欧化になじまぬものは、アジア的なもの、蒙昧なもの、いまわしいもの、醜いもの、卑しむべきもの、外人に見せたくな いものとして、押し入れの奥に片づけておかれている(『行動学入門』「革命哲学としての陽明学」)と、ウルトラ国家主義の軸から戦後保守を批判している。
そしてそれら は国家主義派(革新右翼)と日本精神主義派に分類され(観念右翼)、その後の軸は、日本の敗戦と独立を画期として次第に反米保守と親米保守へと変化してゆ く。

柳田國男や津田左右吉らは、日本の歴史を神秘化し、ロマン化するような退行傾向からは無縁であり、むしろ国を制度としては見ておらず、かつ特定の歴史的時 代へと回帰すべきとも主張しておらず、明治期の保守や超国家主義と結びついた農本主義イデオロギー、そして戦後日本政治における保守本流とも大別される。
『奇妙なナショナリズムの時代』 山崎望より引用

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投稿者:

watchdogkisiwada

議会の無駄遣いを正して、府下一高い国保・介保料の値下げや、子ども・高齢者施策など、市民利益への還元を! あなたの“かかりりつけよろず相談員”としての使命に励みます!! 行政書士としてトラブル予防を、 防災士として防災や防犯を、 柔道整復師として健康について、 ご相談、承ります。 放漫市長と議会が大赤字にした岸和田市政を立て直す!! あまりにもひどすぎる馴れ合い議会がチェックしていない、議員特権や行政の無駄などを、岸和田で初めて私が追及、是正させています。 情報、批判はコメントいただくか、 メールアドレス:kurohata73@yahoo.co.jp 電話:080-6178-6006まで! 岸和田市議や市長らは私の追及に逃げまどっていますが、自民・公明・維新などのネトウヨ政治家だけでなく、共産・民主他どんな議員とも公開討論、受けて立ちます!!

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